オバマ大統領-同性婚支持表明
11月6日投票の米大統領選まで半年となった今、現オバマ大統領が5月9日のABCテレビのインタビューで「同性愛のカップルも結婚できるべきだと思う」と明言した。これにより共和党の指名候補になると予想されるロムニー前マサチューセッツ州知事は「結婚はあくまで男女間だけだ」と表明しており、これからの大統領選において「同性の結婚が認められるべきか」が主要争点の一つになる見通しが確実になった。
日本にも、同性愛の話題が無いわけではない。同性愛というと美輪様のことかと思う向きもある。テレビ界では、はるな愛、マツコ・デラックス、クリス松村、IKKO、ミッツ・マングローブ、KABA.ちゃん、楽しんご、おすぎとピーコ、美川憲一などが活躍している。
しかしアメリカと日本では同性愛に対して、考える背景がまったくちがっている。
米大統領選挙というのは基本的に2大政党である共和党と民主党の間で争われる。いまは現職の民主党オバマ大統領に対抗する候補を、誰に一本化しようか共和党が決めている段階だ。これが予備選挙と呼ばれ、夏までに正式決定するが普通はもっと前の3月、多くの州で一度に予備選が行われるスーパー・チューズデイと呼ばれる決戦の火曜日(今回は3月6日)で大勢が決まると言われている。で今回はこのスーパー・チューズデイをウィラード・ミット・ロムニー(Willard Mitt Romney, 1947年3月12日 - はアメリカ合衆国の実業家、政治家、前マサチューセッツ州知事、第70代,2003年-2007年)が制した。
共和党はオバマ氏の民主党に比べて保守派だ。アメリカの保守派というのは宗教における保守派と、政治における保守派の2つがある。その2つともアメリカの建国の歴史に深く関わっている。
アメリカという国はもともとキリスト教徒が作った国だ。それも本国イギリスのキリスト教が堕落したと言って飛び出してきた厳格なプロテスタントたち、清教徒(ピューリタン)と呼ばれる人たちだ。この人たちにとって、人生は聖書が拠り所となっている。新大陸に渡り、西へ西へと開拓が始まったときも移住したその土地に作ったものはまずは教会だった。そこが公民館であり娯楽場であり学校であり政治の場でもあった。
その基本は「男性優位社会」であり、「女性蔑視」をし、「人種差別」をし、「同性愛はキリスト教プロテスタントではご法度」だ。
より厳格なキリスト教者から穏健な方まで並べてみる。
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一番厳格な人々は女性が中絶するのはどんな理由があってもダメ、ましてや同性結婚などもってのほか、というキリスト教原理主義者だ。
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もう1つ、アメリカはそんな人たちが自分たちで作った国だ。便宜上、議会や政府や裁判所なんかを作っているが、それはあくまで調整役であって、この国の主人公は自分たちだという自負を持っている。そこでは自助努力こそがモットーであり、政府は余計なことはしなくてよい。そこから生まれるのが「小さな政府論」。「他人のことに口を挟むな」主義。福祉政策など不要、さらには外国に戦争に行ったりするなんてことも無駄なお世話というわけだ。
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さて、その中間でキョロキョロしているのが穏健派と称されるミット・ロムニー候補だ。この人は「極端ではない」ということで支持と選挙資金を集めている。ロムニーの宗教は末日聖徒イエス・キリスト教会(いわゆるモルモン教)であり、敬虔な信者である。
マサチューセッツ州知事で投資会社の経営者でもあったから失業に悩む米国社会の経済政策も改善してくれるのではという期待もある。共和党のもう1つの支持層であるビジネス界や富裕層からも、「落ち着きどころ」としての期待を集めている、といったところだ。しかしロムニー氏は「同性愛結婚には反対している」
アメリカにはキリスト教という神が「同性愛」を悪とする教えがある。しかしみなさん、アメリカ人は同性愛者がかなり多いとは思いませんか?もしそう思わないのならネットで検索してみてください。そのように思うと思います。そしてそのような潮流だからこそ政治が関与せざるを得ないのです。キリスト教で禁止しているのですから。宗教では許されない。さらに政治でも許さないとなれば、同性愛者は死ぬしか道はないのです。
1969年ニューヨークのダウンタウン、グリニッジ・ヴィレッジのゲイバー「ストーンウォール・イン」で同性愛者たちの“蜂起”がありました。69年6月28日土曜の未明にストーンウォールでいったい何が起きたのか・・伏線としては前日にゲイたちのアイドルであり、ゲイのファンたちをとても大切にしていた女優ジュディ・ガーランドが死んだことが挙げられる。その夜はこの偉大なアイコンを偲んで数多くのゲイたちがヴィレッジに集まっていた。そんな大切なとむらいの通夜にNY市警がゲイバー摘発にやってきた。
当時のゲイバーでは酒の販売が禁止されていた。それを黙認して警官たちは賄賂を受け取り、定期的に形だけのガサ入れをやっていた。この夜も簡単なはずだった。なにせ相手はヤワなオカマたちなのだから。
例によって店の従業員と女装の売春夫たちが手錠をはめられ逮捕車両に押し込まれた。バカにされ、ののしられ警棒で小突かれながら「なんなのよ!」とだれかが警官に文句を言う。「こんな夜くらい静かに酒を飲ませてよ」と。「ファゴットが一丁前の口を利くな」と警官が言う。「なにがジュディ・ガーランドだ」と別の警官が笑った。
誰かの心でなにかが切れた。それはそうだ。愛する者が死んだその夜に、最もまじめでひたむきな状態の人間の心が足蹴にされているだ。野次馬だった遠巻きの多くのゲイたちの中に、警官隊に向けて小銭を投げつける者が出てきた。小銭は小石になる。次にはビール瓶になり路端のゴミ箱になった。逆上する警官隊に対抗して「ゴー、ガールズ!」と号令が上がる。すると女装のゲイたちやレズビアンの勇者たちがいっせいに警官隊に歯向かいはじめた。道路のアスファルトが剥がされ、駐車メーターのネギ坊主も引き抜かれ投げつけられ、「反乱」はやがて数千人を巻き込んだ大暴動になってしまった。何も失うもののない、なにもかもを奪われていた者たちが、その夜初めて奪われたくないものに気づいて拳を握り立ち上がったのだ。
暴動は、昼間はバー側がタダ酒を振る舞う酒宴となり(酒を売るのは違法だったから)、夜には警官隊との衝突を繰り返して3日3晩続いた。これがその後に「ストーンウォールの反乱」と呼ばれるものだった。
これがどのくらいゲイの人権運動に影響があったかといえば、ストーンウォール以前にはゲイの人権デモはせいぜい50人も集まればよかったのに、それが翌年のストーンウォール記念デモでは3千人のゲイがクリストファー・ストリートを練り歩いた、と言えばわかるだろうか。ゲイ団体も事件前は全米でわずか50ほどしかなかったのが1年半で200団体にも増えたのだ。73年末までには、大学や教会や市単位などでその数、全米で合計1100団体以上にも膨れ上がった。
このような経緯を出発点として「同性愛→同姓婚」が人権問題となっていった。イギリス、カナダなどはすでに同性結婚を認めている。
しかし、この問題を政治的問題として提示してきたオバマ氏はたいした政治的実績を残してきていない。この問題も単なる選挙用のリップサービスに終わるのではないだろうか?国際情勢の中で「YES WE CAN」でのし上がった、演説の非常に上手な政治家の選挙中のあのパッションはどうなったのか。
この人権問題は、あなたが-黒人のあなたが大統領になれる事を世界に示したあなたこそが、同性愛者の為に解決するべき問題だと私は思う。
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