« 2011年5月 | トップページ | 2011年7月 »

2011年6月の2件の記事

日本の裏社会~風俗業界、新宿歌舞伎町

バーやクラブ、キャバレー、スナック、ソープランド、キャバクラ、ファションヘルス、イメクラ、ホテトル、デリヘル、お見合いパブ、外国人エステ等の風俗業界は昔から、裏社会の経済活動(シノギ)のドル箱マーケットであり、現在でもそれは変わらない。というよりむしろ市場が拡大したといってもいいだろう。

つまり裏社会にすれば風俗業界は用心棒やミカジメ料などの金脈なのである。

現在この不況期にあたり大手企業の接待費削減や一般サラリーマンの飲食費の節約などにより風俗業界は冬の時代といわれている。しかしその年間売上は2兆円といわれている。日本最大のコンビニチェーンや家電量販店などの年間売上をはるかに凌いでいるのである。全国各地のネオン街で夜ごと繰り広げられる男と女の性欲ドラマが生む風俗マネーは依然として巨額なのである。

バブル期には年間4兆円にのぼるビッグ・ビジネスだったのである。例えが悪いかもしれないが、今回の東日本大震災の義援金総額(世界からのものを含めて)は2789億円位といわれている。4兆円ならばその14倍、2兆円ならばその7倍にもなるのである。

「恐るべし風俗」である。という事は裏社会の組織維持にとっては絶対的な金脈であるという事なのです。新宿歌舞伎町の映像は次のものをどうぞ。


現在クラブやバー、スナックの一部を含めキャバクラやピンクサロン、ソープランド、ヘルス、デリヘルといった風俗店が、水面下で暴力団の世話になっているといわれている。

特に風俗の裏の世界、いわゆるデリヘルなどは日本人女性を中心とした店と、ロシアやルーマニア女性などの東欧系の店、アメリカ、イタリア、スペイン女性などの白人系の店、韓国、中国、タイ女性のアジア系の外国人系の店が人気をよんでおり、それらの背後には裏社会(ヤクザ)がついている。

デリヘルなどの裏風俗は現金主義である為ヤクザの重要なシノギになっているのだ。

そして裏風俗の6割が山口組の世話になっており、残りの4割が住吉会をはじめとする関東の暴力団組織の影響下にある。

|

菅直人告発本-「瓦解」戸野本優子著

皆さんは菅直人氏が1998年11月7日の朝、東京六本木にある全日空ホテルの29階の菅氏の部屋から出てきた女性-戸野本優子氏がでてきたところを週刊文春の記者に見られ、「愛人騒動」として騒がれた事件をご存知でしょうか。その時菅氏は男女関係を否定、「一夜は共にしたが男女関係はない」といった騒動です。それを当人の戸野本優子氏が告発した文章です。75

この文章の解説として広く次の様な事が言われています。

この本によれば、定宿にしていたホテルで、菅直人氏は戸野本優子氏と一室でシャワーを浴びているのをフライデーされた。フライデーのあと、「君のためならどんなものを捨ててもいい」と言っていた菅直人氏の態度が激変。「一夜を共にしたが男女の関係はない」とテレビのニュース番組-「筑紫哲也のニュース23」で発言した菅直人氏に、ほんとに嫌気がさしたと書いてある。一時は演説原稿までベッドの中で一緒に書いたらしい。菅直人の人格を「うすぎたない」としている。

その後、戸野本氏が手記を暴露本「瓦解(がかい)」として出版。菅氏は出版社を提訴したが、そのときの顧問弁護士は仙谷由人氏であった、という顛末の騒動です。それで私も一度読んで見ようと思い「瓦解」を購入して読んでみました。

その結果、戸野本優子氏が愛人であった時期があったとは一言も書いてありませんでした。しかし、彼女が菅氏をいままでの日本を変える好ましい人物であると感じていた事は、書いてありました。

彼女は一貫して菅氏の悪口を書いていません。文章の最後には、この本の出版を快諾してくれた菅直人氏にも、お礼を申しあげます。とも書いてありました。文春の書いたことはでたらめだったが、不倫関係はあったのかもしれません。しかし、この本に菅氏が、「君のためならどんなものを捨ててもいい」と言ったとか、戸野本優子氏が菅氏を「うすぎたない」と言ったという文章はありませんでした。ここは間違っています。

だからといって私は菅氏を擁護する気はまったくありません。これについては是非言いたいと思いますが、ネットが嘘を広めてしまう事はたいへん危険な事だと思います。

少し内容を詳しく書くと、戸野本優子氏は菅直人氏のメディア・コンサルティングをしていた女性です。そしてメディア・コンサルティングとは「より効果的に有権者にアピールするための手法を政治家にアドバイスする仕事のことだそうです」具体的には、選挙の遊説原稿や、大きな大会のスピーチの考案、政策提案の仕方、優先順位の助言、小規模な世論調査から、さらにはテレビ出演や雑誌取材などでのスタイリングまでを受け持つ政治家のアドバイザーです。

この仕事は日本ではいまだにベンチャーな仕事ですが、アメリカやイギリスの政治の世界では浸透している仕事です。そしてその仕事の依頼主は知らない新人を売り出すような事ではなく、総理になろうとか、行政のトップになろうという人達の言葉をいかに一般の人達に、正確に、魅力的に伝えていくか。それが仕事だそうです。オバマ氏の「チェンジ」も実はオバマ氏の言葉ではありません。

そしてこの「チェンジ」はクリントン氏の最初の演説でメディア・コンサルティングのスピーチライターがスピーチ原稿の中ではっきりと意図を持って何度も使わせた言葉です。オバマ氏が最初ではないのです。ちなみにクリントン氏の有名なメディア・コンサルティングはディック・モリス氏です。

はなしを戻します。彼女は、1996年7月初めにキャスターとしてではなく「月刊宝石」の雑誌記者として(彼女はキャスターの仕事と並行して雑誌記者もやっていた)「自社さ」政権で厚生大臣をしていた菅氏に取材を申し込んだのが初対面だそうです。

当時、彼女はテレビ朝日のキャスターをしていて、キャスターが一政党の為に仕事をする事を禁じていたそうですが、彼女はメディア・コンサルティングの会社を旗揚げしようと準備していたので、会社を辞める事も覚悟の上だったそうです。その時に菅氏は「介護を、一刻も早く社会化したいと思っている」という言葉を言ったそうです。その介護問題を社会化したい、という点に彼女は菅氏は「自分の言葉と自分の信念をもっている人」だと感じたそうです。

そして彼女は1997年2月、民主党の党大会の司会をしました。そしてその仕事の中で党大会のテーマや段取りにいくらか意見を述べたそうです。その縁で菅氏との繋がりが出来ていったのだそうです。そして彼女は1998年1月にメディア・コンサルティング会社NEXT10を旗揚げし(同じ頃テレビ朝日は辞めています)、菅氏との共同作業がはじまりました。

初めの3ヶ月は「特別無料お試し期間」として無料で仕事をし、5月から菅氏に「申しわけ無いですけど、お金を戴けないのであれば、今月いっぱいで菅氏との契約は終了させて戴きたい。そして契約料は1ヶ月42万1152円で」というと、菅氏は即座に続行を選択し、費用がかかってもいいからやりたいということだったそうです。

これが1998年5月の事で始めての支払いは6月だった。そしてこの契約は愛人騒動(同年10月」)がおきるまで続いたが、実際菅氏が支払ったのはこの1回のみであとは支払われなかったそうです。このへんにも菅氏らしさが出ています。

思えば現在の菅総理に彼女がついていたならもっともっとまともな政治家としての評価を受けていたかもしれません。しかし、お金をくれるのであれば、外人でもいいが、出すのは日本人でもいやだという小さい人間に、この震災後の未来を創造的に考える力があるのでしょうか?私は無いと思います。

だいたい菅総理は中国船が日本の巡視船に衝突してきた時に、その映像を隠し中国を擁護する立場をとっていました。日本人を見殺しにしたのです。この時点で終わった人なのです。また、外国人にお金をもらっていた事がわかった時点でこれまた終わった人なのです。そして、この度の不信任案提出の時点でも終わっていた人なのです。しかし現実にはまだいますが。

そして菅総理が辞めれば変わりに自民党に復興が出来るのか?それも無いような気がします。

天は自民党にも、民主党にも刃をつきつけているのかもしれません。

天は日本人に、新しい時代を、真に新しい時代を求めているのではないでしょうか?

そして最終的にその未来の扉をあけるのは政治家ではなく私達なのではないでしょうか!




|

« 2011年5月 | トップページ | 2011年7月 »