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日本の裏社会~底知れぬ「銃社会」

日本には銃を所持している人はいないと、多くの日本人はそう思っている。しかし、裏社会はまったくその逆なのである。

それでは日本にはどれくらいの数の銃があるのか?警察関係者によるとあくまで推計で5万丁以上が違法に保管されていると言われている。現在わが国の暴力団構成員は8万~9万人いる。組員一人一人が1丁づつ持っていたとしたら、それだけで8万~9万丁となる。

また、その暴力団の周辺で暗躍している準構成員=企業舎弟、フロント企業などの暴力団関係者を加えるととてつもない数になるはずだ。

暴力団組織の一部では、組織が数千丁を確保し、最高幹部が保管責任者となって、いざ抗争という事態になれば組員一人一人に貸し出すシステムになっている。また拳銃を保管するのは「武器庫」と呼ばれる秘密の場所で最高幹部らの知人名義で借りられたマンションや倉庫、貸金庫、犬小屋、さらには土の中に埋めて保管している場合もある。

ある有力組織では数千丁の拳銃と数十万発の弾丸をワンセットとして一つの「武器庫」に保管していると言われている。要はその何倍もの銃があるのだが、大量の銃を一箇所に隠しておくと、警察の一斉摘発の時に、一網打尽にすべて押収されてしまう為、何セットにも分けて、傘下組織に分配して、各組織の「武器庫」に保管しているといわれている。

現在抗争の起きている地域はない。だが暴力団世界はいつ何が起こるかわからない。その為に常時、それに備えた準備はしておかなければならない。組織の力は銃の数に比例する。銃が多いと優位に立てるためだ。

そして銃にはこの組織が管理する拳銃などのほかに暴力団組員が個人的に調達する「マイガン」と呼ばれる拳銃がある。この数はまったく把握できず、推計として算出できない。

銃は全国的に拡散していて、その銃口は一般市民にも向けられている。一例として皆さんの記憶にも新しい平成19年4月17日長崎市長射殺事件がある。概要は次のとおりだ。

19年4月15日、長崎市長選挙が告示され、4選を目指す現職の伊藤一長氏と新人3人のあわせて4人が出馬した。4月17日午後7時51分、選挙運動の遊説をしていた伊藤氏がJR長崎駅近く(長崎市大黒町)の自身の選挙事務所前に到着した。待ち構えていた記者たちと会見を開く予定だったため、事務所スタッフが記者らに市長が帰ったと告げた直後の午後7時51分45秒ごろ、男に銃撃され死亡した。

男は山口組系の指定暴力団水心会の幹部(会長代行)城尾哲弥(59)だった。逮捕された際、20発程の弾丸を所持していた。報道によると、市が発注する公共工事を巡って市を恨んでいた。また資金源にしていた知り合いの建設業者に市が融資制度を適用しなかったことなどに不満を持ち、14年から市へ抗議をしていた。また、自身の運転する車が市の発注した道路工事現場で事故を起こした際に車両保険が支払われなかったため、逆恨みをしていたと報道されている。城尾哲弥も在日朝鮮人である。


平成19年にはその後4月20日東京都町田市発砲立て籠もり事件が発生した。内容は次のとおり。
極東会系金原組員、竹下祐司が神奈川県相模原市内の路上で同じ組員の男性を射殺した後、事件現場近辺の町田市の自宅である、都営アパートに立てこもった。

同年、5月17日には愛知県長久町で拳銃発砲籠城事件が発生した。
元暴力団員大林久人(54)は、元妻に復縁を断られてトラブルとなり、通報で自宅に駆けつけた同県警の警察官や長男、次女に発砲して重傷を負わせ、元妻を人質に籠城。取り囲んだ警察官に発砲し、特殊急襲部隊員だった林一歩(かずほ)警部(当時23歳)を射殺した。

同年、12月14日には長崎県佐世保市のスポーツクラブ乱射事件が発生している。内容は次のとおり。
午後7時10分頃、スポーツクラブ「ルネサンス佐世保」に散弾銃を持った男=馬込政義が入店した。馬込はプールに直行すると、無言で散弾銃を発砲し始めた。プールで小中学生を指導中だった26歳の女性インストラクターは、生徒を誘導して事務室に逃げ込もうとしたが、先回りした馬込は水着姿の女性インストラクターに向けて至近距離から発砲し、左脇腹に致命傷を負わせた。

さらに、ロビー近くで犯行を制止しようとした36歳男性にも数発発砲した。女性インストラクターと36歳男性は、運ばれた病院で死亡が確認された。また、大人4人と女子小学生2人が被弾し、重軽傷を負った。映像は次のものをどうぞ。

その後馬込は自殺をして事件は終わった。馬込は佐賀県鳥栖市の銃専門店で銃を購入している。この際に購入したベレッタAL391を犯行時に使用している。馬込は19年9月までに散弾銃3丁と空気銃1丁を購入しており、警察には競技射撃と狩猟に用いると届け出ていた。暴力団ではなかった。この事件がきっかけとなり、20年11月28日改正銃刀法が成立する事となった。

これらの事件は次の2つを明確に示している。

1、暴力団はかなりの数の銃を持っている。そして使おうと思えばすぐ使える状態にあるという事。
2、一般人でも銃を持つことが簡単である事である。

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