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台湾から日本へのラブレター~台湾映画「海角7号」君想う、国境の南

東日本大震災に台湾は200億円もの巨額の義援金を送ってくれた。人口2300万人、平均所得が年約2万ドル(日本円にして約160万円位)ほどの台湾がアメリカと同じ位の金額を贈ってくれたのだ。ありがたいと思うと同時に何故そんなに支援するのかよくわからなかった。台湾の義援金についてはコチラをどうぞ。熱い募金活動の様子がわかります。

これは、1999年の台湾中部大地震で日本がいち早く支援をしたことに対する「お返し」だとか、親日だからとかいろいろ言われました。しかし、そういったお歳暮に対するお返し的発想ではない熱情がよくわかりませんでした。

それを探るべく、その答えを知るかもしれないと思い、台湾でアメリカ映画「タイタニック」に次ぐ興行成績を上げたという映画「海角7号」』(原題:海角七號)をレンタルDVDで見て見ました。この映画は2008年8月に台湾で公開された、范逸臣(范逸臣)と田中千絵主演の台湾映画です。中孝介も出演しています。映像は次のものをどうぞ。

最初に日本語で「友子‥‥」とはじまりますがこれがなんと日本上映用に直したものではないのです。初めから
日本語なのです。これが台湾映画の始まりなのです。

内容は、日本統治時代であった1940年代、台湾最南の町恒春に赴任した日本人教師が、日本名小島友子という台湾人の教え子と恋に落ちる。 第二次世界大戦の終戦の後(1945年)、駆け落ちを約束していた友子を台湾の港に残して、彼はやむを得ず内地に戻る引揚船に乗った。そして、日本への7日間の航海で毎日恋文を書き綴るのです。

見ていない方ごめんなさい。でもこの映画そんな昔の恋愛を描いた映画ではありませんでした。上記の説明は大きな骨の部分であるだけです。日本人教師も、そして友子もはっきりとした映像はありません。意識的にはっきりさせていないのです。それについてはまたあとで。

実際の物語は、1945年から60年後、台湾の恒春(地名)で日本の歌手=中孝介のビーチコンサートが行われる。その前座として恒春在住の人達がバンドを組んで歌うというものでした。バンドのメンバー集めから始まりました。そのマネージャーが、たまたま台湾に行っていたファッションモデルの友子(先の友子とは関係ありません)でした。

ボーカル担当の范逸臣ファン・イチェンは郵便配達員で、その中に海角7号(地名)宛ての郵便物を見つけます。しかしその地名はもう使われていなくてどこへ届けていいかわからず、彼は中を開けて見てみます。それは日本語で書かれていて彼には読めません。

その内容は映画のところどころに散りばめられていて、過去と現在がクロスします。現在の物語ではその郵便配達員と友子(田中千絵)の恋愛が描かれています。そして結ばれた二人。友子はその郵便を読んでしまいます。その内容は60年前の日本人教師の娘が、死亡した父親の遺品から投函できなかった恋文を発見し、台湾に届けようと郵送したものだった。
                                                          to be continud 

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