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2012年1月の1件の記事

上を向いて歩こう~私達の幸せ

世界経済は今緩やかに衰退している。そして私達は毎日、世界経済の衰退や中国やロシアや韓国の無作法な領土侵略に悩まされ、北朝鮮から目が離せないだの、日本製品が売れなくなっただの、民主党の政治に落胆するなど、メンタルが弱く、心配性の人にとってはうつ病になりそうな情報を毎日聞かされている。

それは新聞であり、テレビであり、ネット情報でもある。それは紛れもない事実かもしれない。

そうした情報の中で私は日本で生活している一人として、日々不幸と感じ、危機と感じてはいない。円高であろうが、ユーロ高であろうがその実感は生活の中には一つも無い。

日本は歴史的には戦後に高度成長時代があった。それはあまりに子供でわからずその恩恵の思い出も無い。またバブル期があり、テレビで東京のマハラジャでお立ち台の上で踊る女性の姿やその頃の熱狂は知っているが、地方で暮らす私にとっては,身の回りの生活でそれを感じる事もなかったし、それにより金回りが良くなる事も無かった。

そのバブルが崩壊した時、マスコミはバブル崩壊でもう二度と日本に日は昇らないなどと騒いでいた。しかし私の身の回りで景気のいい人はいなかったのでだれも崩壊した人はいなかったし、崩壊しないので二度と日が昇らないなどと思う人もいなかった。

そのくせ、不景気は地方枠をやすやすと乗り越えてやってきて近年では詐欺商法ではないかと思われるファンドや完全に詐欺である「オレオレ詐欺」などは簡単に入りこんで来てしまう。そしてだまされ泣かされる人もいる。

しかし、だからといって地方に住む私達は決して「不幸では無い」。

私達はそれぞれ家族の生活を少しでも楽しくしようと頑張ってはいるが、人を追い落としてまで無理な出世をしようとか、人をかきわけてまでして金を稼ごうなどということは考えていない。農家の人は収穫が多ければ周りの野菜のない会社員や商店の友人などに分け与える。そしてみんなでご飯を食べたり、酒を飲んだり、そして歌ったり、踊ったり、それだけで十分に楽しい。お金はかかっていないが、そういった幸福感に常に満たされている。

とにかく、都会でいちいちネーミングをつける、例えば「グルメ」だの、「秋葉系の萌え」だの、大ヒット映画でもここ地方では上映されない事も多いし、上映されても込み合う事も無い。都会のいう、いやマスコミのいう経済成長だの贅沢だのを追い求めている人々の感覚ははじめから無いのだ。

言い切ってしまうが、私達はけっして不幸では無い。「幸せである」。

ユーロだのドルを防衛だのと言っている日欧米の連中からしたら理解できないだろうが、私達は生まれてこの方こうした価値感の中で生きてはいない。

世界中が経済成長への道を模索している間に、地方の庶民は、都会に住んでいる庶民もここは同じであるとおもうが、経済成長などあまり関係ないし、今あるものを利用して小ぢんまりと幸せに生きている。そうした生き方を私達は皆、無意識のうちに探し、受け入れてきた。

それは政治家や官僚がろくに仕事をしないから、国民がやむを得ず自己防衛的に見つけ、たどり着いた価値感という面もあるかもしれないが日本の庶民はもともと「幸せ」を作るのが上手なのだと思う。もしかしたらこうした生き方こそが今の世界経済が抱える問題を解決する正しい道なのかもしれない。

だが、私達は国政や国の経済に無関心なのではない。ただマスコミが先導する不幸は感じずに過ごしている。人は誰でも幸せになる事ができるのだと思う。去年の3月11日の東日本大震災で被害にあった方々は皆、地方人である。だから私が言う「幸せ」の意味が正確に理解できると思う。

私達地方人はいつも前を向いている。そして本当の幸せが金や名誉やメンツなどでは無い事を知っている。

もっと拡大すると日本人は、円高であろうが、ユーロ高であろうが、政治家が馬鹿であろうが、お金が無いだろうが不幸ではないのだ。平成生まれの子は、一度も日本が良かった事を知らない。それでも皆が不幸ではないのだ。

震災に逢われた皆さんどうか「幸せ」を感じて下さい。私達は決して不幸などではないのですから!

そしてこのブログを読んでくれるたくさんの皆さん、更新もしないブログをいつも熱心に読んでくれてありがとうございます。私はそれだけで充分「幸せ」です。皆様が私に幸せを送ってくれているのです。本当にありがとうございます。

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