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2012年8月の2件の記事

「第62回全日本新体操選手権大会」の青森大学の演技-世界で大絶賛

現在、世界中がロンドンオリンピックで沸いている。しかしオリンピック種目にはないが男子新体操の一本の映像が世界中の人を感動させている。それは2009年11月02日に行われた「第62回全日本新体操選手権大会」の優勝大学、青森大学の演技だ。まずはその演技をご覧下さい。

この日の青森大学の偉業も2001年4月の創部があってこそである、そんな青森大学新体操部の創部時の部員である大坪政幸さんが2009年7月23日に脳腫瘍で亡くなった。

偉大な先輩の早すぎる死に心を痛めた青森大学、その時すでに全日本で使用する団体の曲は亡くなった大坪さんが現役時代にスティックで使用していた曲-DFOのBlueにする事が決まっていた。そしてこの代々木第一体育館は大坪さんにとって最後の大会会場となった場所、「この場所で最高の演技を大坪さんに届けたかった」と団体メンバーである高岩は語る。

その言葉通り、青森大学の部員は演技中に一切の声援を行わなかった。静かなピアノのメロディーと選手の息遣い、時より観客から湧く拍手とどよめきの中演技は行われた。現在、同大学の外崎選手しか正式大会で披露していないダブルスワン(後方伸身二回宙返り)は着地において一歩も動かなかった。

一挙一動に部員の思いがこもった丁寧な演技はそれが試合ではなく大坪政幸さんにささげる鎮魂の演技だったからだと思う。そして大坪さんを思う心が選手の演技に込められているからこそ外国の人にも感動を与える映像になっているのだ。

オリンピックにすべての情熱をかける人達がいる。そしてオリンピック出場が叶わぬ種目に魂を込める人達がいる。

私達はその「魂」の輝きに出会ったときに深い感動を受ける事になるのだ。

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交通事故にあって知る-隠された保険の欠陥

7月21日の夜の8時前、私の身の上に交通事故が起こった。経緯を少し話しておく。

私は秋田市に向かって秋田県の国道7号線を走っていた。道路は片道一車線の道路だった反対車線を車が絶え間なく走っていた。前方10mの対向車線を白い車が走ってきたのが見えた。それだけの光景だった。その時、異変が起こった。突然、その後ろにもう一台、車が走って来て前の車を追い越そうとしてきた。その車は猛スピードで前の車を追い突然、私が走っている対向車線に飛びだしてきた。追い越すスペースが無いにもかかわらず、私の車線に入ってきたのだ。

「え!」と思うその瞬間に、その車は私の目の前5m現れた。私は「死ぬ」とだけ思った。一瞬背景が蝋燭の光のように揺らいだ。足はまだ生きようとするかのように急ブレーキを踏んでいた。スピードは落ちなかった。相手の車もやっと気づいたように慌てて右にハンドルをきった。そしてそのきった右側には陸橋の欄干があった。声には出なかったが私の心の中では大声で「馬鹿やろう!馬鹿やろう!」と叫んでいた。その一秒後に前からきた車が私の車の助手席側に体当たりした。

「ドーン」というものすごい衝撃が起こり相手の車が私の助手席を破壊しながら進んでいった。大きな火花が上がりその後、鉄にサンダーをかけたように小さい火花が闇の中に散って行った。そしてそのまま私の車の左車輪がはずれ道路に斜めになり、ガクンと車体が落ちた。そして止まった。私はきつくハンドルを握りしめていた為に体全体に衝撃が伝わりしびれていた。が、私は生きていた。私はいつの間にか車のドアを開け車から出た。そして陸橋の欄干の下にうずくまった。激しい涙が、後から後から出てきた。悔し涙だった。相手がどうなったかもなにもわからなかった。

私の車はトヨタのハイブリッド車「アクア」だった。先行予約から6ヶ月待ってやっと3月28日に来た新車だった。そして息子に会いに行く途中だった。自分の体はどうでもよかった。新車が破壊されてしまった事と、息子に会えなくなったという思いが私を泣かせた。私は一瞬にして2つの希望を失った。泣きながら欄干の周りをぐるぐると歩いていた。誰かしらない後続の車の親父が車を止め降りてきて「大丈夫か?大丈夫か?」と私に聞いていた。私の車が道路を塞いだ為に道路は大渋滞になっていた。そしてぶつかってきた相手も生きていた。

だが、その後のことは書かない。言いたい事はそれではないのだから。

その事故の為に、私は自分の保険会社の緊急事故対応センターに連絡し、レッカー車を呼んだ。私が持っていた事故緊急カードには「無料ロードサービス」と書いてあったし、保険契約の際にそれに関しては詳しい情報も貰っていなかったし、自分からの質問どころもわからなかった。しかし、この事故により緊急事故対応センターのオペレーターから初めてこのロードサービスは30kmまでが無料でそれを超えた距離を移動した場合は1km当たり620円で計算したサービス料とレッカー車に乗せる為に使ったナントカいう補助器具が5000円になるがよいか?という狐につままれたような電話を受けた。

このような知識は皆さんお持ちなのだろうか?そして自動車保険の契約の際にちゃんと保険屋さんの説明を受けているものなのだろうか?それは意図的に隠されて全部無料と思わされて保険契約にはいっているのではないのだろうか?この点にまず保険業界のだましが入っているのではないか。ちなみにこのロードサービスについてレッカー車の兄ちゃんにきいたところ、このロードサービスにはぬかるみにはまって動けなくなった場合には適用できないのだそうだ。

この部分もカバーしたいとなればJAFだけが対応してくれるそうなので、今自分の車にロードサービスがついているから大丈夫と思っている方はもう一度確認したほうが良いと思う。レッカー車の兄ちゃんのいうところではどの保険会社でもこの点は変わりないそうだ。東京海上日動火災保険だけはこのロードサービスに関して距離や機具の使用を含めて10万円までは保証するそうでこれが一番手厚い保険だそうだ。ただし特約となっている。

そして1km@620円で距離だけで計算するとざっと約161kmで、もし遠距離で事故った場合は東京海上日動火災を持ってしても相当な自己負担を背負わねばならない。

また、もう一つ気づかされた事は私のこの事故は過失割合が10対0なのだそうだ。10対0でそれはそれで良いわけだが、そうするとコチラの入いっている保険屋は全く出ないのだそうだ。出るとこちら側にも非があるとみられ10対0ではなくなるらしい。という事で自分のかけている保険会社は相手側の保険会社に対して何もしないことになる。実際保険会社は出てくれない。この過失割合については保険会社の話し合いがあるのかと思っていたがそうではなく、駆け引きになっているのだ。

ということで、それまでの交通事故の判例や処理例に照らし合わせ10対0と思われる場合、保険屋は出てこない。そして、結果どうなるかというと、この事案は保険屋は全く関係ないので自分でやって下さいとなる。となると相手側への連絡や、首を痛めた事などすべて自分でやる事になってしまうのだ。
                                                          to be continud 


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