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竹林はるか遠く あらすじ 2  兄-淑世

母達が逃げだした時、淑世は、羅南の爆薬工場にいた。淑世の友人正一、誠、眞蔵の三人が便所に消えたちょうどその時突然共産軍が工場に入ってきた。淑世は前にあった空箱に飛び込んだ。級友の泰男が銃をとり発射した。すぐさま共産軍は反撃してきた。ダダダダダダダダ‥。泰男は倒れた。ほとんどが殺され、何人かが捕まえられた。淑世は無事だった。共産軍は捕らえた何人かと出ていった。隊長は「武器を外に出し、この建物は爆破しろ」と命じた。

淑世は何も聞こえなくなったことを確認すると、用心深く箱から出て泰男の体の上を這った。死体だらけだった。吐き気と恐怖におののきながら、便所の戸までやっとのことで行くと、頭で押し明けた。「誠?」淑世は立ち上がった。「正一、眞蔵、誠、俺だ、淑世だ」三つ目の便所の戸がわずかに開いて三人が出てきた。「奴等はここを爆破するつもりだ。一刻も早く逃げるんだ」

共産兵は捕まえた人に銃を向けながら大通りの方へ歩かせている。四人は便所の窓を押し開け、一目散に工場の壁に沿って山の方に向かって走った。それほど遠くへ行かないうちに爆発音が響いた。振り返ると工場が爆発し爆煙が上がっていた。

青年達は家に向かって歩き続けた。夜が明ける頃村外れの竹林の中に建っていた淑世の家に着いた。玄関は壊され、勝手口は開けっぱなしになっていた。共産軍に掠奪されていた。淑世はミシンの上にあった書置きに気が付いた。「息子へ。私達は出発しなければいけません。京城の駅で待っています」淑世は残っていた米や飯盒や下着や靴下、セーターをリュックサックに詰め、すぐに逃げ出したがまた戻って家族のアルバムをしっかりと腕に抱えて家を後にした。

正一の家に行くと眞蔵と正一の両親は南の方へ逃げていたが、誠の両親は殺されていた。日本の学生服ではこの町を逃げることは出来ない事がわかる淑世は家族の友人の李さんのところへ朝鮮服を借りに行く事にした。李さんは朝鮮人だが共産主義者ではない。だがいってみると李さん夫婦は殺されていた。共産軍は同胞の善人をも惨殺していた。「服を借りて、ここから逃げよう」正一が叫んだ。

青年達の歩く旅が始まった。彼らは話さなければいけないときはいつも朝鮮語を使った。共産軍に見つからないように日中は休み、夜間に歩いた。歩き始めてすでに10日がたっていた。日がたつにつれ多くの朝鮮人や日本人、女性や子供が線路を歩いているのが目立ち始めた。年老いた老人が淑世達に日本語で話しかけてきた。そしてその老人から日本が負けたという事と戦争が終わった事を知らされた。

線路を離れ茂みを探しているその時だった。「止まれ!」誰かがへたな朝鮮語で叫んだ。反対側の茂みから二人のソ連兵が銃を持って走ってきた。淑世は朝鮮共産軍の人間だと嘘を言い、日本製の美味しい煙草を差出し端川(タンチョン)の町に行けば、共産軍の本部が安い賃金で労働者を雇っているのでそこで働けば食料ぐらいはもらえるだろうという話をもらった。

端川に着くと共産軍本部で働く事にした。仕事は死体を大きなわら袋に入れて崖から端川湾に放り投げる事だった。それらは列車から投げ落とされたり、野原に置き去りにされたりして死んだ人々だった。一日の労働を終えると煮たキャベツとご飯が与えられた。ここでの仕事が終わると、給料を少し受け取り、さらに南へと歩き続けた。港町の元山(ウォンサン)に着くまで1ヶ月半かかった。もう9月の終わりになっていた。淑世はここで仲間と別れ一人京城へと向かう事にした。淑世は少なくても38°線まで行こうと決めた。一人旅を心細く感じていたがもうすぐ母や姉妹に会えるという夢を抱きながら線路を歩き続けた。

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