カテゴリー「日本の裏社会」の記事

日本の裏社会~野球賭博

プロ野球巨人の福田聡志投手(32)と笠原将生投手(24)、松本竜也投手の3名が野球賭博をしていた事が判明した。福田、笠原の両投手は麻雀やバカラでも賭けを行っていた事がわかった。

日本野球機構(NPB)の調査委員会は笠原投手が福田投手に紹介した自称税理士法人勤務の知人を野球賭博常習者と認定した。A氏と呼ぶ事にする。


福田投手

A氏仲介のもと今年8月から9月までにプロ野球の約10試合で野球賭博を行い、5月から9月までに高校野球やアメリカ大リーグの試合にも金銭を賭けていた。

笠原投手

A氏との間に昨年4月から10月までにプロ野球の約10試合に賭け、別の野球賭博常習者である飲食店経営者(B氏とする=野球賭博常習者と認定)の仲介で10~20試合に賭けていた。同年4月から8月には高校野球にも賭けていた。


松本投手

この飲食店経営者と昨年の6月から10月までにプロ野球の十数試合に賭けていた。

NBPの調査委員長は「現段階では多球団の選手の関与はなく、八百長行為も認められていない」とし「反社会的勢力との関係も含めて、引き続き調査し、1か月以内に最終報告を行う」という事になった。

しかし巨人はこの賭博に関係したのではないかという疑いがある選手としてまだ次の選手を抱えている。宮國椋丞(巨人軍投手)、江柄子裕樹(巨人軍投手)河野元貴(巨人軍捕手)だ。


この問題はたまたま起きた事件ではない。野球界の歴史をたどっていけば、「起こるべきして起こった」事件なのだ。


野球賭博は昭和40年代初期に大阪に登場した。「胴元」は暴力団が仕切り、客は大阪・ミナミの自営業者や飲食店経営者などが中心で、彼らは大相撲の関取のタニマチになっている人がけっこういた。これは野球賭博がかなり以前から行われ、そのバックに裏社会が関与し、暗躍していた事を意味している。平成22年の相撲界力士の野球賭博事件が新しい。野球界にはその土壌があるという事だ。


野球賭博は暴力団、ヤクザとの一接点に過ぎず、酒席・結婚式の宴席・麻雀・ゴルフ・慈善興業などあらゆる分野で「黒い交際」が行われている。

暴力団は隙あらば表社会の人間に食い込もうと、虎視眈々とその機会をうかがっているのだから。

野球賭博は、平成バブルに突入する頃(1986年)、胴元は約20組織あったといわれ、初めは1000万円程度の取り扱いだったが、やがて1日5000万円、1億、3億と取り扱う金額がどんどん増幅していった。1日に集まってくる客は1組織最低300人。今では携帯電話やメールなどを使って賭場が開かれ暴力団の大きな資金源になっている。

野球賭博は、プロ野球に限らず、春、夏の全国高校野球大会はその筋の稼ぎ時であり、さらに相撲やサッカーのJリーグ、ゴルフなどあらゆるスポーツが賭場の対象となっている。上記のA氏やB氏は仲介役である。その上に胴元がいる。胴元は山口組系弘道会(前身の弘田組時代に野球賭博登場)である事がわかっている。

野球賭博は、勝敗を賭けの対象としているわけだが、賭博である。胴元が試合ごとにチームの戦績に応じてハンデをつけ、それを仲介役に連絡。仲介役はそれを携帯電話やメールで客に伝えて、賭け金を預かるシステムだ。

例えば巨人対阪神の試合を対象にする場合、ハンデは「巨人から1,5」とされたとする。これは阪神に1,5のハンディがついていることを意味する。よって巨人が2点差以上で勝たないと賭博には勝った事にならないという仕組みになっている。このハンデは山口組の中のハンデ師が担当していて、試合によって異なってくる。

                                                           
上記A氏は元中日の立浪和義氏(1988年入団、2010年退団)の知人であり「弘道会の人間である」事がわかっている。

上記B氏は元巨人の越智大祐氏(2006年入団、2014年退団)と見られている。

                                                        


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日本の裏社会~山口組分裂 その理由 

山口組本家は70(~75)人あまりの直系組長を擁している。

司組長はその直系組長から月会費という名目で毎月100万円の上納金を集めている。

直系組長70(~75)として×100万円で7000万円だ。

そして山口組本部への支払いはこれだけではない。司組長はミネラルウォーターや日用品を直系組長に最低50万円の押しつけ販売を行っている。

こちらの方も直系組長70として×50万円で3500万円になる。

直系組長の事務所は不必要なほどのミネラルウォーターや日用品で埋まることになる。

暴力団対策法が施行された1992年以降の取り締まり強化や暴力団排除条例の浸透などで、毎月約100万円の「月会費」を総本部に納められず、引退・除籍に追い込まれる直系組長が増え続けているにも関わらずである。山口組の直系組長のピークは1992年であり125人もの組を抱えていた。しかしこの100万円の月会費が納められずに徐々に直系組長の数は減ってきていたのだ。5代目渡辺芳則組長の2004年秋には100人を切り、司組長になってさらに減少してきている。


このようにして集められた金の内から司組長には月々3000万円が渡っていた。年間3億6000万円。また中元や歳暮、組長の誕生日、組長の家族の誕生日、愛人の誕生日まで、直系組長は各1億円位を集めて年6億円を渡していた。現金でである。

また、司組長は山口組の友好団体(友好都市などというものではない。当然ヤクザ組織)の内、

    双愛会(千葉県市原市)  塩島正則会長  構成員200人
    共政会(広島市南区)    守屋 輯会長   構成員190人
    福博会(福岡県福岡市)  梅津明       構成員180人
    東亜会(東京都)       金海芳雄

を後見し、これら団体からも中元や歳暮の時期に現金をもらっている。結局総額年間で10億円前後を司組長個人がもらっていたとみられる。これらの収入の流れを知る立場にあったのが「絶縁」された宅見組組長、入江禎氏だ。入江氏が司組長の集金体質に対して不満を持っていたと容易に推測できる。

分裂の理由

2、跡目争いである。

現在の山口組組織では司組長のすぐ下の若頭に弘道会二代目会長の高山清司(68歳)を据えている。そして若頭補佐に弘道会三代目会長の竹内照明(55歳)を据えている。竹内照明氏については下の映像をどうぞ。 

現在の若頭の高山清司氏は恐喝罪により現在東京都府中刑務所で服役中である。そういう事で現在若頭職は竹内照明氏が代行している。若頭職を担って組長へというのが一般的な出世コースである。

ということは、司組長は次の組長は弘道会二代目会長の高山清司氏と考え、その次の組長も弘道会三代目会長の竹内照明氏と考えている。これは三代続けて弘道会出身者が山口組組長となるという計画といえる。ここで思い出して欲しい。弘道会は名古屋を母体とする組織である。

それとは違って山口組は元々神戸市で発祥して大きくなった組織である。阪神地域の直系組長達は、弘道会出身者による今後三代にもわたる組長独占は神戸の山口組を名古屋の山口組にいや山口組そのものを変質させてしまうという危惧をもってしまったのだ。さらに司組長は本部を名古屋に移す考えも持っていた。

このような司組長体制に阪神系の組長が怒らないわけがない。今までは我慢してきた。弘道会出身の組長が一代で終わるのなら。直系組長たるもの将来は組長にとの希望がある。しかし過去に置いてもこのように出身組織ががっちりと将来にわたり「自分の組織だけが良ければいい」という構想を掲げた歴史はない。


山口組は組の起こりから今日まで阪神の組長達が支えてきたのだ。将来は組長にと思っていた直系組長もいたはずだ。特に山健組はその規模からも組長になってもおかしくない存在だ。司組長は要職からも阪神系の組長をとうざけている。阪神系からしたらとんでもなくおかしなことなのだ。

組長職からも、要職からも、しめ出されていったかつてを知っている直系組長達からしたら「なめたらいかんぜよ」の状態なのだ。

こうして金に汲々とさせられ、ケンカヤクザの弘道会が要職を占める山口組に昔を知っている阪神系古参ヤクザは袂を分かつ事になった。だから神戸に新組織「神戸山口組」を作ったのだ。彼らは言っているのだ自分達が本当の山口組だと!司組長は「敵」になった。

もうやるか、やられるかの二つしかないのだ。山口組も「神戸山口組」は捨て置けない!

両組にとって、もう引くに引けない事態なのだ。対立抗争は今まさに幕を開けた!


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日本の裏社会~山口組分裂 「仁義なき戦い」序章 

国内最大の指定暴力団山口組が分裂した。皆さんも、もうご存知だろうが、山口組は組長が六代目司忍(=篠田建市)で、構成員14.000人、準構成員28.000人を擁する日本最大規模の暴力団だ。

8月27日(木)に神戸市の山口組総本部で執行部を集めた会合が開かれたが複数の幹部組長が欠席した。原因はこれまでに内在していた鬱積が破裂したものとみられている。司忍組長はこの欠席した組長に対し、「絶縁」や「破門」の処分を下し分裂騒動が勃発した。山口組が制裁した直系組長は13人になった。処分された組は次のとおり。

  絶 縁

  山健組(神戸市中央区)  井上邦男    構成員 4000人 準構成員 7000人 山口組最大派閥
  宅見組(大阪市)       入江禎           1800人
  俠友会(淡路市)       寺岡修            300人
  正木組(福井県敦賀市)   正木年男(パク・ニョンナム)  180人
  池田組(岡山市)       池田孝志           300人

  破 門

  毛利組(大阪府吹田市)   毛利善長
  松下組(神戸市中央区)  岡本久男
  黒誠会(大阪市)       剣政和      構成員  500人
  奥浦組(大阪府東大阪市) 奥浦清司
  雄成会(京都市)       高橋久雄
  西脇組(神戸市西区)    宮下和美    構成員  220人
  大志会(熊本市)       奈須幸則
  真鍋組(尼崎市)       池田幸治


離脱派は9月5日初会合を開いた。この初会合には指定暴力団住吉会(総本部・東京港区)の最高幹部で二次団体の「幸平一家」のトップの加藤英幸総長が顔を出している。映像は次のものをご覧ください。

この日の会合では山健組の井上邦男組長がトップとなる新団体「神戸山口組」の結成協議が行われた。住吉会の加藤英幸総長はこの協議に際して表向き「立会人」として参加したとされているが、「神戸山口組」と住吉会が共闘の体制をとるのだと思われる。


現在の山口組6代目司忍組長の平成17年の継承式の映像を下に入れました。「絶縁」や「破門」された組長がはっきり映っていますので顔をご覧ください。何気なく北島三郎が歌っているところに関係が感じられる。また島田紳助が関係していた若頭補佐、極真連合会会長の橋本弘文(カン・ホンムン)も映っています。

では何故分裂が起こったのか?

大きく分けて2つの理由があると思われる。

1、司忍(=篠田建市)組長の金集め

直系組長は月会費を100万円本部に収めている。にも拘らずその他、本部によるミネラルウォーターや日用品などの強制的な押しつけ販売があり直系組長は最低でも50万円は買わなければならない決まりになっていた。

                                                         to be continud 

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日本の裏社会~政治とヤクザ 田中慶秋氏

田中慶秋法務相・拉致問題担当相の辞任が確実になった。これは「週刊新潮」10月18日号の記事が発端となっている。

タイトルは「前代未聞のスキャンダル田中慶秋と暴力団の癒着」だ。もう読んだ読者には申し訳ないが以下抜粋をさせてもらう。

日が傾くと、町は猥雑な相貌を見せ始める。居酒屋、バー、キャバレー、トルコ風呂などが軒を連ねる横浜・福富町。その一角にある高級クラブの店先に、黒いスーツをまとった十数人のいかめしい男たちが整列していた。丁寧に磨き上げられた黒塗りの高級車が一台、また一台と停車し、後部座席から「幹部」らしき人物が降りてくる度、男たちは緊張した面持ちで腰を折る。残照の中、いつしか高級クラブの前の通りには黒塗りの車が行列を成していた。

日が完全に暮れ、街に沿って流れる大岡川にネオンが映える頃合い、高級クラブを借り切って催される宴はすでに始まっていた。主催者はさる大物暴力団組長。参加者は組の幹部、組員だけではなく、普段から組と付き合いのある港湾、建設、不動産関係者の姿もあった。そんな宴の最中「ただいまご紹介にあずかりました……」と、挨拶したのは、田中慶秋議員その人だった。

神奈川県議を長くやった慶秋が国会議員になったばかりの頃だったと思うから、今から30年ほど前の事だな。当時、その暴力団組長は福富町のクラブで新年会とか忘年会をやっていて慶秋はそこに呼ばれて挨拶をしたわけだ。私もその場にいて彼の姿を見たが、挨拶だけじゃなくて、会の最後のほうまでいたはずだ」

振り返るのは田中氏のことを知る暴力団関係者。「暴排条例どころか、暴対法(=暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律、平成3年法律第77号)もまだなくて、ヤクザと業者と政治家が一体になっていろいろできた時代だった。別に慶秋をかばうわけじゃないが、暴力団の宴席に出たといっても30年も前の話。もう時効だろ?」いや、時効どころか、その後も田中氏と暴力団の癒着は脈々と続いた。


上記で書かれている「さる大物暴力団組長」とは構成員5000人を誇る指定暴力団稲川会系の組長だ。田中氏は別の稲川会のたくさんの幹部とも親しかったそうだが、中でも「極めて親密だった」のが三田忠充氏だ。彼はヤクザというだけではなく、神奈川県で一、二を争う右翼団体=菊水國防連合の会長でもあった。

ここでヤクザと右翼団体は矛盾すると思われる方もいると思うので少し説明すると、暴対法が施行され始めた時にヤクザはそのままでいることができずに政治団体である右翼団体に逃げたためである。また一方の右翼団体(=街宣右翼)は日本の事を思う人達の集団ではなく、日本を誇りとする右翼とはこんなに馬鹿げた迷惑なものだよと宣伝する機関だからだ。新宿などに街宣車でのりつけスピーカーでがなる人達は周りの迷惑も考えず完全に日本を貶めている。

話を戻す。そしてこの三田氏とはいったいどんな関係であったかというと三田氏が結婚する際に仲人をしたのが田中議員だった。そしてこの蜜月はかなり続いていて、田中氏が十数年前「女性問題」に関する情報が地元で出回ったことがあった。それを嗅ぎ付けたある右翼団体が田中氏に抗議文を送った。すると三田氏が出てきて「田中議員は俺の媒酌人を務めた人だから、俺の顔に免じてゆるしてくれ」と頼んだそうだ。その右翼団体は三田氏の顔をたて、それ以上動くことはなくなったそうだ。

要するに田中氏やその周辺で何かトラブルが起きると三田氏が登場して処理にあたっていた。が、暴排条例がきびしくなるにつれ、一昨年に田中氏のほうから一方的に、二人の関係を切ろうとし、三田氏が怒り仲違いが起こった。三田氏はその頃すでに持病が悪化していて昨年7月に亡くなってしまった。「最後に裏切った田中氏を恨んでいたのでははないでしょうか」(先の稲川会関係者)

上記のように政治とヤクザは実は深い関係があるのだ。というより政界、財界、裏社会はすべて癒着している。そしてそこには、政財界と裏社会を結ぶ『闇のフィクサー』と呼ばれるどちらにも顔の利く人物がいるのだ。バブル崩壊までは「許永中」(日本名、野村永中-のむら えいちゅう、あるいは藤田永中、在日韓国人。現在服役中)がそうだ。許永中と特に関係が深い議員は自民党の久間章生氏、国民新党の亀井静香氏、新党大地の鈴木宗男氏などが知られる。しかしこういった関係は政治家に限らない。経済界とも、官僚の世界とも繋がっている。

また、政治家とヤクザとの親密な関係でいえば、小泉純一郎元首相と稲川会との親密交際が知られている。小泉氏の選挙対策本部長である竹内清(前神奈川県議会議長)は稲川会横須賀一家の系列組員であり、石井隆匡と非常に親しく、上下関係の厳しいヤクザの世界にあって葬儀で最初に焼香するなど、肩書きこそ堅気という事になってはいたが非常に密接な関係であった。小泉父子の選挙区であり、横須賀一家の本拠地でもある神奈川県横須賀市では、両者の結びつきはきわめて強い。

また、現在野田第3次改造内閣で財務大臣になった城島光力氏も、2009年の衆院選挙の際に、稲川会系暴力団のフロント企業から応援を受けていたことが、「週刊文春」の取材で判明している。城島氏が09年の選挙戦を戦った神奈川10区(川崎区など)には、指定暴力団・稲川会の中枢を占める二次団体・山川一家の本部がある。今回城島氏の応援をしていた稲川会系暴力団のフロント企業には、10月9日に逮捕された山川一家三代目総長・内堀和雄容疑者の親族も役員に名を連ねている。この大臣については問題しされていないが、これでいいはずがない。

暴排条例が施行された現在、政治家の権力を利用し便宜をはかり、見返りに金をもらうという手法も、闇のフィクサーに群がるという手法も政治家にとっては危険極まりない。

しかし今もって裏社会は政治家を必要とし、政治家も実は裏社会を完全に排除することはできないのである。

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日本の裏社会~「闇のハローワーク」13歳のソープランド嬢

本日付け「産経新聞」に次の記事が載った。

「神戸のソープに13歳少女」 経営者、児童福祉法違反容疑で追起訴という記事です。映像は次のものをどうぞ。

映像は関西テレビニュースのホームページ-コチラからもみれます。

映像はすぐ消されると思うので要点だけ書いておく。

去年5月当時13歳の女子中学生を神戸の福原のソープランド「PROUD」で働かせたとして兵庫県警生活環境課と兵庫署が、児童福祉法違反で経営者の「神村力」(44)と従業員の原田信明容疑者(28)を売春防止法違反罪で起訴=を追起訴した。少女は遊ぶ金ほしさでやったとのことだ。

少し説明するとこの店は、兵庫県警に去年夏ごろ「この店で未成年を働かせている」という匿名の通報があったということで、すでに捜査が入り、先に従業員の44歳の女性に売春をさせていた事がばれ起訴されていた。そしてその後の聞き込みで13歳の少女も働いていたことがわかり、追起訴ということになったのだそうだ。

余談だが現在話題の木嶋佳苗もかつてこの店で働いていた。また、福原は雄琴温泉(大津市)と並ぶ関西屈指の風俗街として知られ、ソープランドを中心に性風俗店約60店舗が営業している所。

また、県警は同日、この店に女子生徒を紹介したとして、職業安定法違反の疑いで兵庫県内在住の飲食店経営の男(31)ら3人を書類送検した。この問題は男性の欲望だけが悪いわけではない。この少女の金の為ならセックスまでも構わないという考えはとんでもない。読者はこの点も踏まえて読んで欲しい。


現在、ネオン街で勝ち組になるためには、若くて質のよいホステスをいかに多く集められるかだ。客の人気を呼んでいる店は、若くてピチピチしていて愛想もサービスもいいホステスが多く在籍しているところだ。連日満員盛況している都内の某キャバクラをのぞいてみると、約25名のサービス嬢の平均年齢は19歳だ。

表風俗で19歳である。裏風俗はさらに上をいっている。つまり19歳以下、違法行為をしているのである。

裏社会ではホステスの人材派遣を活発に行っている。言うまでもなく正規の職業斡旋ではなく「闇のハローワーク」である。派遣元は暴力団であり、ホステス派遣をうたっているが実際には風俗に派遣する。そして風俗とはいうが結局は売春である。

正規の勧誘はできないので、正規ホステス募集を装ってネットで募集したり、暴力団員が家出娘や薬物中毒者、犯罪履歴の持ち主、金が欲しい中学生などをたくみに勧誘し、売春組織に紹介している。

しかしその人材派遣の実態はなかなかはっきりとは把握できない。

一例として、平成19年7月、福岡県警が摘発した指定暴力団道仁会系組幹部、大神有一郎被告(当時44)と、妻の絵里奈被告(当時30)らによる児童福祉法違反事件を検証してみる。

同事件は、18歳未満の少女をホステスとして雇っていた道仁会幹部が逮捕されたものだが、取調べによってホステス派遣の人材派遣会社の存在が判明。裏社会の「闇のハローワーク」の構図の一端が明らかになったのである。

県警が押収した約120人の女性達の履歴書に記載されている年齢は全員18歳以上だったが、うち約30人が18歳未満でそのうち15人が中学生で年齢を偽って生年月日を書き込むように指示されていたという。

15人の女子中学生達は福岡市内や近郊の公立中学校の女子生徒でラウンジやスナックで接客し、ギャラは時給2000円から2500円だったという。

大神被告らは4年前にホステス派遣を始め、軌道に乗るに従って18歳未満の少女も使うようになった。週末には店側から派遣要請が殺到し、大神被告は「人数を確保するため、中学生らも使わざるを得なくなった」と供述している。派遣ホステスが辞めたり休んだりする時は、必ず代わりを紹介するよう強要。このため、ホステスが友人や後輩、メール友達らに声をかけるうち、中学生にまで連鎖的に広がったという。

この人材派遣会社にはすこしでも若く、可愛い女性を求めているスナック、キャバレー、ソープランドなどの求人申し込みが殺到したという。

男の欲望を見事に利用した組織で、現在も「闇のハローワーク」は全国にあり、不況をものともせず、闇の中で大盛況している。

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日本の裏社会~薬物ルートpart2

結論からいきます。薬物入手ルートは2つあります。

1つは裏社会=暴力団と直接接点があるというルートです。一番わかりやすいのが父親(義父を含む)=橋下徹(之峯=土井組、1979年頃自殺)や兄弟(義兄弟)=坂本冬美の弟(2009年9月山口組と一緒に野球賭博で逮捕)親族がヤクザである場合です。また、島田紳助のようにヤクザと知りつつ密接な関係を持っている場合です。しかしこのルートは、その芸能人が摘発されると、ストレートに捜査の手が迫ることを暴力団側が警戒して、あまり利用頻度は高くありません。暴力団はもっと出所がわからないルートを使っているのです。

ここからが一番使われている本命ルートです。本命ルートは、暴力団と関係がある麻薬密売組織を通うして薬(ヤク)を売りさばいていきます。

そしてこの麻薬密売組織はもともと暴力団が作ったものが多く、ほとんどの密売組織が暴力団の支配下にあります。そしてこの密売組織はかなり細かく多極化され、最近では相撲界の露鵬と白露山の2名に薬物を仲介していたのは床山でした。密売組織はこのように水面下に潜りながら、薬物の勧誘に弱い芸能人などに近づいていきます。これはもしこの密売組織が摘発されても、その上は安全という作戦で、捜査されても本丸には到達しないようになっています。

そしてこの薬(ヤク)をもっとも売りさばく地帯が夜の歓楽街です。

その中でも東京で一番の薬(ヤク)販売地帯は六本木の中心部です。六本木は、バーやクラブ、スナックなどがネオンの海を形成し不夜城の歓楽街となっています。そして、六本木は表向き、「新宿」のようなヤクザ地帯がもつ猛々しさもありませんし、治安もよく、町並も美しくエレガントな大人の町の顔をしています。六本木は仕事を終えた芸能人達の奥座敷とも呼ばれ、有名芸能人や有名企業の幹部、有名スポーツ人、歌舞伎の御曹司最近では市川海老蔵などが問題に巻き込まれています。がしかし芸能人に特に好まれている歓楽街です。その為、麻薬密売人にとってはとても稼ぎ易い場所なのです。

外国人バーの大半は暴力団と何らかの関係があると言われ、暴力団のフロント企業が経営するバーやスナックが数多く存在しています。そしてそれらの店に麻薬密売人が、息を潜めて存在しているのです。

ある者は客を装い、またある者はバーテンダーとして働きながら、またある者は店のホステスとして店に出ながら、バーやスナックの店内で、あるいは店から出た路地裏の死角で、警戒しながら注意深くカモを物色しているのです。そして見つけたカモに密かに近づき、仲良くなったら薬(ヤク)を勧めてきます。また、仲良くならなかったら脅したり、酔っ払わせて薬(ヤク)を吸引させて体に覚えさせるという強引な方法もあります。

ぼったくりバーのようなところでは、酔っ払わせて薬(ヤク)を注射するという手口もあるそうです。とにかくやれない事などないのです。暴力団なのだから。

それでは薬(ヤク)をするとどうなるのか?まず簡単にいうと覚醒します。苦しみや悲しみの感情から解放され、ものすごくハッピーな気分になり、テンションがあがり、男性の場合、強烈な勃起が起こり、その勃起は24時間位続き、その時間にセックスをしようものなら野獣のようになり、強烈な快感を味わう事になるのです。これが初めて薬物を使用した場合の効果です。そしてこの至上の快感が薬(ヤク)を忘れられなくさせる原因です。脳のまったく普通には使われない部分を刺激し、その快感の記憶を残すそうでこの記憶は一生消えないそうです。

この理由により一度薬(ヤク)に手を出すと止められなくなってしまうのです。薬(ヤク)にそまった酒井法子は足にタトゥーを入れハイテンションでDJをやる映像があります。次の映像をご覧下さい。

映像の中に、始まりから53秒頃に画面下の若者がタバコを吸っているような場面がありますが、あれもタバコではなく薬(ヤク)を吸っている映像です。

また、六本木には多くのアメリカ兵が出入りしています。その為、大麻やコカインを持っていて、日本人でも仲良くなれば薬(ヤク)をくれたりもしているそうです。

こうして、外国人のよく行く六本木が薬(ヤク)蔓延地帯となってしまったのです。お客としては、サラリーマン、主婦、企業人、先生、警察、弁護士など多岐に渡っています。

しかし、薬(ヤク)は六本木と同じ環境を持った場所なら日本のどこでも売っています。例えば、新宿、渋谷、赤坂、などでも購入することが出来ます。その多くはそういった店に出入りする若者に売られます。芸能人が多く目立つのは、麻薬密売組織も「薬(ヤク)を芸能人に売る場合、口止め料込みで一般人より高く売れる」からだそうです。

先ほど薬(ヤク)の効能を書きましたが、これが薬(ヤク)をやり続けると今度は体は痩せ、日に日に体力は落ちセックスどころではない、ただの中毒患者にそして廃人になっていくだけです。

現在日本では青少年の薬物汚染が増加傾向にあり、深刻な社会問題になっています。

平成22年5月にも警視庁が六本木の有名クラブを覚せい剤取締り違反の容疑で家宅捜査し、覚せい剤使用者の逮捕と店の営業が停止になりました。

しかし、暴力団はまた新たな場所に、名前を変えてクラブを開き、薬(ヤク)を売りさばいているのです。

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日本の裏社会~薬物ルート

芸能人が覚せい剤やコカイン、大麻、MDMAなどの薬物に手を出していた事が発覚し,大事件になる事がよくある。

ごく最近では押尾学のMDMA使用事件や酒井法子の覚せい剤事件がある。しかし、人気、実力ともに酒井法子のほうが圧倒的に社会的影響が強いので酒井法子を話題にする。女優で歌手でタレントでもあった酒井法子は清楚なイメージと少し薄幸なイメージが重なる正当派の美人であり、台湾やアジアでも絶大な人気を持ち、その存在は特筆すべきものがあった。ドラマ「一つ屋根の下」や「星の金貨」では美しくも優しい女性像を我々に見せてくれた。また、歌手としては「蒼いうさぎ」のヒットなどで紅白歌合戦にも出場したまさにビッグタレントだった。

その為、覚せい剤との関係のギャップが大きすぎて誰もが初め信じられなかった。しかし事実は曲がらなかった。

平成21年8月3日に夫の高相祐一が東京・渋谷の路上で警察の職務質問により、覚せい剤所持がばれ逮捕されたが、そこに呼ばれた酒井法子は任意同行を求められたがそれを拒否。そのまま行方不明になっていた(それも騒動になった)が8月8日に警察に出頭し逮捕された。

平成21年9月17日、保釈保証金 500万円を納付し、それまで拘留されていた東京湾岸警察署から保釈された酒井は警察の玄関前で謝罪、さらに同日、東京都内のホテルにおいて記者会見を行った。保釈直後の映像は次のものをどうぞ。

酒井法子の判決公判は同年11月9日、東京地裁で開かれ懲役1年6ヶ月、執行猶予3年の有罪が確定した。その時裁判長が異例の説諭をした言葉は、マスコミで世間に知らされ、多くの人の心を打つ事になった。

「あなたは長年の芸能生活の中でドラマや映画に出てきたが、残念ながらこれは現実です。この重みは今後、実感すると思います。薬物と手を切って更生されることを望んでいます」

この言葉は判決ではあるが、ファンの代表的言葉ともとれてしまう。それほど酒井法子は社会的影響力のある芸能人だったのである。人としてやってはいけない事を憧れの人がやってしまったのである。

しかしこの薬物問題、芸能界ではきりが無い問題である。薬物により芸能活動をやめさせられたり、刑務所に入ったりなどの事件は過去にも相当数あった。読者の皆さんもあれこれ思い出すことであろう。

有名どころだけを記入してみる。井上 陽水、研 ナオコ、内藤やす子、にしきのあきら、美川憲一、コロッケ、萩原健一、坂本スミ子、清水健太郎、尾崎豊、往年の勝新太郎もパンツの中に覚せい剤を隠し持っていた。さらに、長渕剛、槇原敬之、桂銀淑、赤坂晃等、その件数は数えたらきりがない。また、疑惑は持たれたが逮捕に至らなかった芸能人はさらに数が多い。現在の芸能界において過去の事件が教訓になったという事はまったくない。

どんなビッグタレントでも簡単に階段を踏み外す事になるのが薬物の怖さである。

酒井法子の場合、その入手ルートは夫であった。それならその普通人である夫はどのようにして覚せい剤を手に入れたのか?実は現在、薬物に手を出しているのは芸能人よりも一般の人のほうが多い。

それは何故か?

それは、薬物を販売するルートがあるからです。そしてそれはどんなルートなのか?

結論を言うと、それには裏社会が絡むあるルートがあるのです。
to be continud 

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暴力団排除条例-「ミンボーの女」part2

また暴力団は、表向き普通を装った会社を経営しだしました。これが「フロント企業」といわれるものです。そしてフロント企業の建設会社は国や県や地方の公共事業の入札にも参加しだしました。また、企業の中の役員に女を抱かせていいなりにさせるだの、企業に対する巨大クレーマーなどになり、一流企業を常に狙いだしました。ここに新たな一般企業の危機、いや社会の危機が生まれる事となりました。

しかしこの一般企業の事業主が実際に暴力団と戦うという事はただ事ではありません。日本の裏社会~底知れぬ「銃社会」で書きましたが暴力団は銃をもっているのです。そして殺人をいとわない集団なのです。「暴排条例」はその銃口を一般市民に向ける事にもなってしまったのです。

一例です。九州の福岡では2010年4月に「暴排条例」が施行されましたが、2011年11月27日に一般人が射殺されるという事件が発生してしまいました。

殺されたのは北九州市小倉北区の建設会社「博新建設」の会長内納敏博(うちのう・としひろさん)(72)です。 

福岡県警によると、2011年の福岡県内の発砲は内納さんで18件と全国最多。うち9件は建設、土木などの業者が狙われた事件だそうです。背景には工事をめぐる利権があり、捜査関係者によると、建設業者などに求める“あいさつ料”は暴力団の有力な資金源となっており、フロント企業を工事の下請けに入れるよう要求し、設計金額の数%を懐に入れる図式になっているのだそうです。その中で、内納さんは暴力団の要求を頑としてはねつけていたそうです。全国で暴力団排除条例が整備され、暴力団に対する締め付けはさらに厳しくなりました。捜査幹部の一人は「事件は暴力団排除運動の流れへの反発として起きたと思う。追い詰められた暴力団の焦りの表れではないか」と話しているそうです。

この中で言われる射殺した暴力団とは九州誠道会(福岡県大牟田市)の事です。現在この九州誠道会と福岡県久留米市の道仁会は抗争状態にあります。九州誠道会はカラシニコフ=AK-47として知られる全自動発射可能な自動小銃を持っていると言われています。一方道仁会側はマシンガンやイスラエル製機関銃を所持しているといわれています。

こういった事態に対し「暴排条例」は有効な対案なのでしょうか?

話は変わりますが、皆さんは伊丹十三監督の映画「ミンボーの女」をご存知でしょうか?この作品は1992年 宮本信子主演で製作されました。すでに20年も前に伊丹監督は企業と暴力団との戦いを描いているのです。映像は次のものをどうぞ。

その中で企業人が暴力団といかにして戦うかが細かく描かれています。この戦い方は現在「暴排条例」の中にある対処法とほとんど同じです。

しかしこの映画の後に伊丹監督は自宅の近くで刃物を持った5人組に襲撃され、顔や両腕などに全治三ヶ月の重傷を負う復讐を受けました。

警察は現場の車より山口組(稲川組)系後藤組の犯行であることを突き止めました。そして5人の組員が4年から6年の懲役刑となりました。その後、伊丹監督は1997年、最後の作品となった「マルタイの女」宮本信子主演を撮りますが、内容は創価学会とヤクザの関係を取り上げたものでした。そしてその年の12月に突然伊丹監督はビルから飛び降り自殺をしてしまいました。しかし前述の経緯から、伊丹監督は創価学会付ヤクザが殺した説もいまだに消えません。創価学会自体がまともな宗教法人ではありませんから。詳しくはコチラへ。

特に伊丹監督を襲撃した後藤組は山口組の中で宗教法人からの集金を仕事としていました。その大口宗教法人が創価学会です。当ブログ前原外相辞任の本当の理由(改定版)に出てきた篠原寿は後藤組でした。篠原も創価学会に集金にいっています。

余談ですが、浜崎あゆみ、EXILEなどが所属するエイベックス自体が暴力団のフロント企業であるともいわれています。エイベックスの松浦勝人社長と遠藤日出樹社長室長が暴力団=山口組の後藤組(現在、後藤組は山口組から脱退している)と深い関係にあり、総会屋を監禁脅迫、利益供与を行った罪が問われ問題となっています。この関係から篠原寿はエイベックスとも関係があり、役員であるという噂もあります。このあたりの話はまたいつか…

正義は守られねばなりません。暴力団は消滅させねばなりません。しかしこの「暴排条例」という地方条例がその特効薬になるかどうかはまったく疑わしいと思います。

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暴力団排除条例-「ミンボーの女」

昨年から各都道府県で施行時期は異なっていますが、「暴力団排除条例」が施行されました。この、「暴力団排除条例」(いわゆる暴排条例)、簡単にいうと、それまで暴力団と戦うのは警察でした。その立場では企業も被害者であり、暴力団と関係を持つ事に対して企業側にはなんのとがめもありませんでした。しかしこの「暴排条例」はその垣根を越えて、「企業の事業者も暴力団と戦いなさいと命じた」ものがこの条例です。

もう少し詳しく書くと事業者に対しては自社の契約書の中に暴排条項を導入する事をはじめとして、利益供与をした場合は、公安委員会により違反した疑いがある企業人(たとえ企業が暴力団担当者を決め、対応をその人にまかせたとしても代表取締役、及び取締役は責任を逃れる事はできません)及びその関係者に対し説明や資料の提出を求めることができる。→さらに違反が認められれば勧告をする事ができる→さらにその勧告に従がわない場合は、企業名を社会的に公表するという事になりました。

ここで言う指定暴力団とは次の22団体をいいます。人数は正暴力団で準構成員はカウントしていません。.
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東京都の「暴排条例」は平成23年10月1日から施行されました。これが施行されると島田紳助は吉本興業という企業を通じて公安委員会から追求される事になり、吉本興業は結局、島田紳助を解雇するしかないのです。そして吉本興業代表取締役、及び取締役はその責任をとらされます。

それで施行される前に島田紳助は逃げたのです。そのまま仕事を続ければどのみち10月1日で解雇になるのですから。だからその前に、自分の非を謝罪する体を装って彼は逃げたのです。 これが島田紳助が引退した本当の理由です。「みのもんた」にも黒い噂があります。

企業は暴力団と関係のあるものを「密接関係者」として処分しなければならないのです。「密接関係者」という定義には暴力団との飲食、ゴルフなども入ります。そしてこの「暴排条例」は島田紳助などの小者の問題ではないのです。もっと広く社会全体の問題なのです。

これまで暴力団のシノギは主に「恐喝」、「賭博」、「覚せい剤の密売」などで活動資金を得てきました。しかしそういった活動に対し警察の取り締まりの強化や経済の停滞の変化の中で、従来型では稼げなくなりました。暴力団はなりふり構わず、政治団体や、一般企業、たとえば建設業や金融業に入り込んできたのです。企業に入り込む方法もいろいろあり、従業員として入り込む方法から、事業者や幹部を罠に掛け役員として入り込むなど多種多様です。最終的に言う事をきかなければ殺人ですらものともしない団体ですから。

実は、このやり方はかなり前からやっていたのです。長年続く大企業は必ず暴力団との関係を持っています。これは日本の裏社会-トヨタとヤクザでも菅沼氏から語られています。農機具メーカーの「クボタ」でもかなり前からやっていました。これはヤクザだけが悪かったのではありません。創業100年以上の会社は草創期に何らかの関係を企業自ら、暴力団をバックにその背景的圧力を利用して成長してきたのです。もちろん金銭を与えて。そして、それがあまり問題視される時代ではなかったのです。その力を借りてでもいいから企業は伸びたかったのです。

(バブル経済期に暴力団が盛んに地上げをしましたが、あれを頼んだのは大手銀行ですから。)

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日本の裏社会~底知れぬ「銃社会」

日本には銃を所持している人はいないと、多くの日本人はそう思っている。しかし、裏社会はまったくその逆なのである。

それでは日本にはどれくらいの数の銃があるのか?警察関係者によるとあくまで推計で5万丁以上が違法に保管されていると言われている。現在わが国の暴力団構成員は8万~9万人いる。組員一人一人が1丁づつ持っていたとしたら、それだけで8万~9万丁となる。

また、その暴力団の周辺で暗躍している準構成員=企業舎弟、フロント企業などの暴力団関係者を加えるととてつもない数になるはずだ。

暴力団組織の一部では、組織が数千丁を確保し、最高幹部が保管責任者となって、いざ抗争という事態になれば組員一人一人に貸し出すシステムになっている。また拳銃を保管するのは「武器庫」と呼ばれる秘密の場所で最高幹部らの知人名義で借りられたマンションや倉庫、貸金庫、犬小屋、さらには土の中に埋めて保管している場合もある。

ある有力組織では数千丁の拳銃と数十万発の弾丸をワンセットとして一つの「武器庫」に保管していると言われている。要はその何倍もの銃があるのだが、大量の銃を一箇所に隠しておくと、警察の一斉摘発の時に、一網打尽にすべて押収されてしまう為、何セットにも分けて、傘下組織に分配して、各組織の「武器庫」に保管しているといわれている。

現在抗争の起きている地域はない。だが暴力団世界はいつ何が起こるかわからない。その為に常時、それに備えた準備はしておかなければならない。組織の力は銃の数に比例する。銃が多いと優位に立てるためだ。

そして銃にはこの組織が管理する拳銃などのほかに暴力団組員が個人的に調達する「マイガン」と呼ばれる拳銃がある。この数はまったく把握できず、推計として算出できない。

銃は全国的に拡散していて、その銃口は一般市民にも向けられている。一例として皆さんの記憶にも新しい平成19年4月17日長崎市長射殺事件がある。概要は次のとおりだ。

19年4月15日、長崎市長選挙が告示され、4選を目指す現職の伊藤一長氏と新人3人のあわせて4人が出馬した。4月17日午後7時51分、選挙運動の遊説をしていた伊藤氏がJR長崎駅近く(長崎市大黒町)の自身の選挙事務所前に到着した。待ち構えていた記者たちと会見を開く予定だったため、事務所スタッフが記者らに市長が帰ったと告げた直後の午後7時51分45秒ごろ、男に銃撃され死亡した。

男は山口組系の指定暴力団水心会の幹部(会長代行)城尾哲弥(59)だった。逮捕された際、20発程の弾丸を所持していた。報道によると、市が発注する公共工事を巡って市を恨んでいた。また資金源にしていた知り合いの建設業者に市が融資制度を適用しなかったことなどに不満を持ち、14年から市へ抗議をしていた。また、自身の運転する車が市の発注した道路工事現場で事故を起こした際に車両保険が支払われなかったため、逆恨みをしていたと報道されている。城尾哲弥も在日朝鮮人である。


平成19年にはその後4月20日東京都町田市発砲立て籠もり事件が発生した。内容は次のとおり。
極東会系金原組員、竹下祐司が神奈川県相模原市内の路上で同じ組員の男性を射殺した後、事件現場近辺の町田市の自宅である、都営アパートに立てこもった。

同年、5月17日には愛知県長久町で拳銃発砲籠城事件が発生した。
元暴力団員大林久人(54)は、元妻に復縁を断られてトラブルとなり、通報で自宅に駆けつけた同県警の警察官や長男、次女に発砲して重傷を負わせ、元妻を人質に籠城。取り囲んだ警察官に発砲し、特殊急襲部隊員だった林一歩(かずほ)警部(当時23歳)を射殺した。

同年、12月14日には長崎県佐世保市のスポーツクラブ乱射事件が発生している。内容は次のとおり。
午後7時10分頃、スポーツクラブ「ルネサンス佐世保」に散弾銃を持った男=馬込政義が入店した。馬込はプールに直行すると、無言で散弾銃を発砲し始めた。プールで小中学生を指導中だった26歳の女性インストラクターは、生徒を誘導して事務室に逃げ込もうとしたが、先回りした馬込は水着姿の女性インストラクターに向けて至近距離から発砲し、左脇腹に致命傷を負わせた。

さらに、ロビー近くで犯行を制止しようとした36歳男性にも数発発砲した。女性インストラクターと36歳男性は、運ばれた病院で死亡が確認された。また、大人4人と女子小学生2人が被弾し、重軽傷を負った。映像は次のものをどうぞ。

その後馬込は自殺をして事件は終わった。馬込は佐賀県鳥栖市の銃専門店で銃を購入している。この際に購入したベレッタAL391を犯行時に使用している。馬込は19年9月までに散弾銃3丁と空気銃1丁を購入しており、警察には競技射撃と狩猟に用いると届け出ていた。暴力団ではなかった。この事件がきっかけとなり、20年11月28日改正銃刀法が成立する事となった。

これらの事件は次の2つを明確に示している。

1、暴力団はかなりの数の銃を持っている。そして使おうと思えばすぐ使える状態にあるという事。
2、一般人でも銃を持つことが簡単である事である。

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