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妻の「離縁状」-小沢一郎とは何者か?(改訂版)

このスクープを書いたジャーナリスト松田賢弥氏はかなり前から小沢一郎を追っていた。松田氏は2005年講談社出版の『闇将軍 野中広務と小沢一郎の正体』の中で小沢一郎の生い立ちを次のように書いている。

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小沢一郎の生い立ち

小沢一郎の父佐重喜(さえき)は1898年(明治31年)水沢の貧しい農家に生まれている。東京に出て人力車を引いたりしながら苦学し、弁護士試験に合格。これ以降佐重喜はずっと東京暮らしをしていた。1924年(大正13年)みちと結婚。みちは千葉県東葛飾郡出身で、東京の九段精華女学校を卒業していた。

佐重喜は東京市会議員などを経て、戦後には衆議院議員に転進し運輸、建設大臣などを歴任した。しかし佐重喜は湯島の料亭で毎晩のように遊びまわる放蕩三昧の日々を過ごしていた。小沢一郎が誕生したのは1942年(昭和17年)だ。

小沢一郎の上には姉が二人いた。長女はスミ子(昭和7年生)、次女は則子(昭和15年生)だ。しかし姉達の母はそれぞれちがっていた。母のみちはこの二人をすぐに養女として入籍している。

水沢に縁のない家族だったが1945年(昭和20年)の初めみちが空襲を逃れて3人の子供を連れて水沢に疎開してきた。佐重喜は東京に残ったままだったのでみちと子供3人の水沢での生活が始まった。

その後、小沢一郎は中学2年生まで水沢に住んだが、中学3年生の時には、みちと3人の子供達はまた東京に戻る事となる。その短すぎる水沢での生活の為、一郎には水沢への郷土愛は生まれなかったと思われる。

また、小沢一郎は生まれてから12歳までを母しか知らず、父の存在を意識する事がなかった事と、愛する姉が父の放蕩三昧の末に生まれた事実が一郎の人格形成に深い影響を与える事となった。

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次に小沢一郎の隠し子をもうけた女性だが、キム・スクヒョン(金淑賢)だ。キム・スクヒョン(金淑賢当時.35)とは2000年、自由党党首であった小沢衆議院議員の国際担当秘書に抜擢され、その後、7年の間、傍を守っている。当時から愛人説も盛んに出ていた。

議員会館に勤めているキムは、国際関係の専攻を生かして韓半島を含んだ国際情勢などに関し補佐する業務を主にしていた。週1回、東アジア情勢の報告をしているし、中国、アメリカを含んださまざまなプロジェクトを企画しながら進行も行っていた。

また、儀典業務は基本で小沢代表を訪ねてくる日本の政治家はもちろん、韓国など外国の名士の接客との通訳も受け持っていた。選挙期間には他の日本人秘書らと同じように全国の現場を歩き回りながら選挙支援にも積極的に出ている。まさに『全天候秘書』だった。この女性との子供が隠し子となっている。

小沢和子氏の「離縁状」の調査中、次の事がわかった。

小沢一郎が関与した西松事件関係者が次々と謎の死

09/01/21 西松建設社長を逮捕
09/01/21 元西松建設専務 死亡
09/02/24 長野知事の元秘書(西松建設事件での参考人) 死亡 。(電柱にロープを巻きつけ首吊り自殺)
09/03/01 「小沢一郎氏と秘書と、ダム工事のただならぬ関係」を追及してきた記者(吉岡元議員) 旅先で死亡
09/03/03 検察、民主党岩手支部家宅捜索
09/03/04 民主党事務所のある相模原卸売市場全焼

まだまだの調査に終わるが次の点ははっきりした。

1岩手県水沢市にはなんの思もいいれもない。

2妻も政略結婚であり、感情の交流はない。

3小沢氏の地元・奥州で30年間選挙支援してきた「水和会」解散。

この男は日本の政治活動において破壊活動しかしてこない。岩手県水沢市の後援者の方々は本当に気の毒でしかたがない。この大震災の中で支援者のいる地域に何も感謝せず、何の手もさしのべない。それどころか、自分可愛さにただ放射能から逃げ回っていた。

皆さん!小沢一郎がどこから出馬しようと日本人なら落としてやろう!この日本に建設的な事は何もせず、ただ害を与える男を!

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妻の「離縁状」-小沢一郎は岩手、国の害

ところが3月11日、大震災の後、小沢の行動を見て岩手、国の為になるどころか害になることがはっきりわかりました。3月11日、あの大震災の中で、お世話になった方々の無事もわからず、岩手にいたら何かできることがあったのではと何一つできない自分が情けなく仕方がありませんでした。

そんな中、3月16日の朝、北上出身の第一秘書の川辺が私の所へ来て、「内々の放射能の情報を得たので、先生の命令で秘書達を逃がしました。私の家族も既に大阪に逃がしました」と胸をはって言うのです。あげく、「先生も逃げますので、奥さんも息子さん達もどこか逃げる所を考えて下さい」と言うのです。

福島ですら原発周辺のみの非難勧告しかでていないのに、政治家が東京から真っ先に逃げるというのです。私は仰天して「国会議員が真っ先に逃げてどうするの!なんですぐ岩手に帰らないのか!内々の情報があるならなぜ国民に知らせないか」と聞きました。

川辺が言うには、岩手に行かないのは知事から来るなと言われたからで、国民に知らせないのは大混乱を起こすからだというのです。国民の生命を守る筈の国会議員が国民を見捨てて放射能怖さに逃げるというのです。何十年もお世話になっている地元を見捨てて逃げるというのです。私は激怒して「私は逃げません。政治家が真っ先に逃げ出すとは何事ですか」と怒鳴りました。川辺はあわてて男達は逃げませんと言いつくろい、小沢に報告に行きました。

小沢は「じゃあしょうがない。食料の備蓄はあるから、塩を買い占めるように」と言って書生に買いに行かせました。その後は家に鍵をかけて閉じこもり全く外に出なくなりました。復興法案の審議にも出ていません。女性秘書達と川辺の家族は一ヶ月余り戻ってきませんでした。2日遅れで届いた岩手日日には3月15日国会議員6人が県庁に行き、知事と会談したとありました。彼らと一緒に岩手に行こうと誘われても党員資格停止処分を理由に断っていたこともわかりました。知事に止められたのではなく放射能がこわくて行かなかったのです。

3月21日「東京の水道は汚染されているので料理は買った水でやって下さい」と書生が言いに来ました。しかしそのような情報は一切発表されていませんでしたので、私が「他の人と同じ様に水道水を使います」と言いましたら、それなら先生のご飯は僕達で作りますと断ってきました。それ以来、書生達が料理をし、洗濯まで買った水でやろうとしていました。東京都が乳幼児にはなるべく水道水を避けるようにと指示したのはその2日後です。すぐにそれは解除になりました。

3月25日になってついに小沢は耐えられなくなったようで旅行カバンを持ってどこかに逃げ出しました。去年、京都の土地を探していたようですのでそこに逃げたのかもしれません。その直後、テレビやマスコミが小沢はどこに行った?こんな時に何をしているかと騒ぎだし、自宅前にテレビカメラが3,4台置かれ、20人位のマスコミが押しかけました。それで、あわてて避難先から3月28日に岩手県庁に行ったのです。ご存知のように被災地には行ってません。

4月に入ってからも家に閉じこもり連日、夜若手議員を集めて酒を飲みながら菅内閣打倒計画をたて始めました。菅さんが放射能の情報を隠していると思ったらしく相談を始めました。自衛隊幹部や文科省の役人に情報収集をしたようですが、発表以外の事実は得られず、それなら菅内閣を倒し、誰でもいいから首相にすえて情報を入手しようと考えたようです。この結果、不信任決議が出され政治が停滞したことはご存知と思います。

この大震災の中にあってなんら復興の手助けもせず、放射能の情報だけが欲しいというのです。本当に情けなく強い憤りを感じておりました。実は小沢は数年前から京都から出馬したいと言い出しており後援会長にまで相談していました。もう岩手のことは頭になかったのでしょう。

こんな人間を後援会の皆さんにお願いしていたのかと思うと申し訳なく恥ずかしく思っています。更に5月には長野の別荘地に土地を買い設計図を書いています。多くの方々が大切なご家族を失い何もかも流され仮設住宅すら充分でなく不自由な非難生活を送られている時に、なんら痛痒を感じず、自分の為の非難場所の設計をしています。

◎◎◎という建設会社の話ではオフィス0という会社名義で土地を買い、秘書の仲里が担当しているということでした。天皇・皇后両陛下が岩手に入られた日には、千葉に風評被害の視察と称して釣りに出かけました。千葉の漁協で風評がひどいと陳情を受けると「放射能はどんどんひどくなる」と発言し、釣りを中止し、漁協からもらった魚も捨てさせたそうです。風評で苦しむ産地から届いた野菜も放射能をおそれて鳥の餌にする他は捨てたそうです。

かつてない国難の中で放射能が怖いと逃げたあげく、お世話になった方々のご不幸を悼む気も、郷土の復興を手助けする気もなく、自分の保身の為に国政を動かそうとするこんな男を国政に送る手伝いをしてきたことを深く恥じています。長い間お世話になった皆さんにご恩返しができないかと考えています。せめて離婚の慰謝料を受けとったら岩手に義捐金として送るつもりです。今岩手で頑張っている方々がすばらしい岩手を作ってくれることを信じています。

ご一家には、本当に長い間お励ましお支えを頂きましたこと心から感謝しております。ありがとうございました。7月には別の所に住所を移しました。ご一家のご多幸を心より祈り上げております。            小澤和子

(注・受取人が特定される記述は一部省略。伏字は原文では実名である)              to be continud 

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妻の「離縁状」-小沢一郎へ

「週刊文春」の6月21号で小沢一郎の元妻の小澤和子さんが書いた妻からの「離縁状」という記事により、多くの方がもう読んで知っているかもしれませんが、もっともっと多くの人に知ってもらいたいと思い記載します。ポイントは以下の点です。

①小沢一郎は妻の小澤和子氏による離縁状により平成23年11月にすでに離婚している。

②この離縁状は小沢一郎に出されたものではなく、岩手県水沢で小沢を長年応援してくれていた後援者に元妻だった一人の人間としての詫び状としてだされたものである。画像は岩手県水沢の小沢事務所です。1

③小沢一郎の自分を応援してくれる選挙地区民を大事に思わない姿が語られている。(岩手県水沢地区)

④慰謝料はまだもらっていないが、もらったらその金は、ここまで支えてくれた岩手県に震災に対する義援金としてせめて送らせてほしいと思っている。

小澤和子からの「離縁状」

まだ強い余震がある中、お変わりございませんか。この度の大震災ではさぞご苦労があったと思います。ご家族・ご親類はご無事でいらっしゃたでしょうか。何のお手伝いもできず申し訳ありません。被害の余りの大きさに胸がつぶれる思いです。長年お世話になった方々のご不幸を知り、何もできない自分を情けなく思っています。

このような未曾有の大災害にあって本来、政治家が真っ先に立ちあがらなければならない筈ですが、実は小沢は放射能が怖くて秘書と一緒に逃げ出しました。岩手で長年お世話になった方々が一番苦しい時に見捨てて逃げ出した小沢を見て岩手や日本の為になる人間ではないとわかり離婚いたしました。お礼の手紙にこのようなことを申し上げるのは大変申し訳なくショックを受けられると思いますが、いずれお話しなければと思っていましたのでこの手紙を差し上げます。お聞き苦しいと思いますが今迄のことを申し上げます。

8年前小沢の隠し子の存在が明らかになりました。○○○○○といい、もう20才を過ぎました。3年つきあった女性との間の子で、その人が別の人と結婚するから引きとれといわれたそうです。それで私との結婚前からつきあっていた○○○○という女性に一生毎月金銭を払う約束で養子にさせたということです。小沢がいうにはこの○○○○と結婚するつもりだったが水商売の女は選挙に向かないと反対され、誰でもいいから金のある女と結婚することにしたところが、たまたま田中角栄先生が紹介したから私と結婚したというのです。そして「どうせ、お前も地位が欲しかっただけだろ」といい、謝るどころか「お前に選挙を手伝ってもらった覚えはない。何もしないのにうぬぼれるな」と言われました。あげく「あいつ(○○○○)とは別れられないが、お前となら別れられるからいつでも離婚してやる」とまでいわれました。

その言葉で、30年間皆様に支えられて頑張ってきたという自負心が粉々になり、一時は自殺まで考えました。息子達に支えられなんとか現在までやってきましたが、今でも、悔しさと空しさに心が乱れることがあります。お世話になった方々に申し訳なく、又、説明もできず、もしお会してやさしい言葉をかけていただいたら、自分が抑えられず涙が止まらなくなるのがわかり岩手に帰れなくなりました。

選挙の時には、皆さんがご苦労されているのに、どうしても「小沢をお願いします」とは言えず、申し訳なさに歯をくいしばって耐えていました。隠し子がわかって以来、別棟を建てて別居しています。S.Pさんや秘書の手前、料理や洗濯は変わらずやっていました。用事の時は、小沢は私に直接言わず、秘書が出入りしていました。

それでも離婚しなかったのは、小沢が政治家としていざという時には、郷里と日本の為に役立つかもしれないのに、私が水をさすようなことをしていいのかというおもいがあり、私自身が我慢すればと、ずっと耐えてきました。

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仙石由人-好色一代男

本日の産経新聞によると、女性記者=Mさんにセクハラ発言をしたと報じられ、名誉を傷つけられたとして、民主党の仙石由人政調会長代行が、新潮社と文芸春秋を相手どり各1千万円の損害賠償を求めた訴訟が、6月12日、東京地裁で開かれ宮坂昌利裁判長は「セクハラと受け取られかねない言動があったのは事実だ」として請求を棄却した。という記事があった。まずは朝日動画ニュースコチラをどうぞ。すぐ消えると思いますのでお早めに。

この記事は平成23年1月13日号の「週刊新潮」「週刊文春」の記事で、内容は以下のものだ。

新潮は「『赤い官房長官』の正気と品性が疑われる桃色言行録」というタイトルで、文春は「仙谷官房長官篠原涼子似日経記者にセクハラ暴言!」とのタイトルで、22年末に菅直人首相官邸で開かれた記者との懇談会で、当時官房長官の仙谷氏が日本経済新聞の女性記者にセクハラ発言を繰り返したとする内容だった。

両誌の記述は強烈で、「仙谷氏はMさんを隣の席に座らせて、お酒を注がせたりしていた」「肩に手を回し…」「Mさんの胸に手が触れかねない勢いでした」「ピンクの妖気を放ち…」「仙谷氏の口から発せられた言葉は(中略)『俺も歳だけど、まだタツかな』『オー、タツ、タツ、俺もまだ大丈夫だ』『ビンビンだ』」などと報じられた。

週刊誌の記事なのである事も無い事も面白おかしく書かれ、エロも強調されているとは思う。

しかしこの記事に激怒した仙谷は、1月17日「一方的に誤った事実を掲載され、読者に対して誤った認識を抱かせた」として、発行元の文芸春秋と新潮社にそれぞれ1千万円の損害賠償と謝罪広告の掲載を求め東京地裁に提訴した。

そして第一回目の裁判が1月24日に東京地裁の第712号法廷で開かれた。仙谷側は「事実無根であり、読者に対して誤った認識を抱かせた」と主張。「これはジャーナリズムの危機」とまで断じていた。

この日の裁判では、午前中にセクハラを受けたとされる女性記者が出廷。「記事に書かれたような発言があったのは事実で、肩も抱かれた。ただ、セクハラとは感じず、訴える気はなかった」と証言したのだ。

裁判を傍聴したジャーナリストが言う。「“勃起発言”の有無について証言せざるを得なくなった仙谷氏は『“立たない”と言った記憶はあるが“立つ”とは言っていない』とか、『“立たない”という言葉は日常的に口にしている』と珍妙な言い訳を展開。

さらに裁判の途中からは「この発言は女性記者=Mさんに対するものではなかった」などと弁解しだした。『懇談会には他にも女性記者がたくさんいた』『特定の記者に向かって言ったわけではないからセクハラではない』と無理な主張をして、法廷内の失笑を買っていました」

最後は裁判長から「大勢の女性の前で“立たない”と言うこと自体、セクハラではないのか」と、たしなめられたという。

「“事実無根”として訴えたことも裏目に出た。裁判長から『発言があったなら、どうして(意見書に)そう書かなかったの!』と叱責されていました」

結局12日、東京地裁の宮坂昌利裁判長は、記事の細部の真実性は否定したが「セクハラと受け取られかねない言動があったという根幹部分は真実だ」として請求を棄却した。

判決を受け、仙谷氏の代理人は「重要な点に事実誤認・評価の誤りがあるので、控訴を含めて検討中」とコメントした。

Mさんも訴えていないのにまだやるんでしょうか?この男!かつて自衛隊の事を暴力装置といっていたが、飛び出す言葉がとにかく下品、日本国民はこんな男の為に、かつて中国漁船体当たりでひどい目に会っている。その話はコチラへ。

誰かこの男の控訴を止めて下さい。この暴露話を続けるというのでしょうか?この男は破廉恥を知りません。この先どんな下賎な事を言い出すかわかりません。自分の発言がどんなに卑猥で、恥ずかしい事をどうどうと言っているかがわからないのでしょうか?自分の事をあからさまに語れる露出狂的心理さえ持っているのかもしれません。

一国民として恥ずかしい限りです。日本の恥です。

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TPPは見送れ!

TPP問題については菅総理時代の2011年2月11日に「平成の開国-TPP」として書きました。現在野田総理が11月12日からのAPECで参加を表明するといいながら、国内では盛んな議論がされています。本末転倒です。そういえば消費税10%も世界で公約していましたね。野田総理にとっては議会とは何なんでしょうか?

「平成の開国-TPP」は、今のようにたくさんの方がたが読んで下さるブログでは無い時に書きました。しかしまだこの問題は大きく話題になっています。それで手を入れずに再掲させて頂く事としました。中に出てくる「菅総理」という言葉に気分が悪くなるようでしたら、ここでお止め下さい。それでは。

アメリカのオバマ大統領が1月25日に一般教書演説を行いました。これは日本でいえば念頭に総理大臣が行う施政方針演説にあたりますが、この中で「米国をビジネスに最適の場とする」と言う事をいっていました。しかしそれを行う、アメリカの経済回復の源は何なのでしょうか?

それは輸出です。そしたらどこに輸出するのでしょうか?それが今話題のTPP(環太平洋戦略的経済連携協定=環太平洋パートナーシップ協定とも呼ばれる)への参加です。

TPPは2006年5月にチリ、シンガポール、ニュージーランド、ブルネイの4ヶ国で行われたのが始まりです。この当時はまだ大国と言える国はいませんでしたが、その後、アメリカ、オーストラリア、ペルー、ベトナムの4ヶ国が参加の意思を表明して、交渉を開始しています。つい最近になって、マレーシアも参加の意思を表明しました。これらの国が全て参加すれば、TPPは9ヶ国の自由貿易圏になります。

そして10月になって菅政権は、「わが国もTPPへの参加を検討する」と表明しました。そしてこの事を称して菅総理は「平成の開国」と呼びました。詳しくはコチラをどうぞ。

でも皆さん、参加国を見て下さい。

チリ・シンガポール・ニュージランド・ブルネイ・ペルー・ベトナム・マレーシアとアメリカ、日本、オーストラリアの十ヶ国です。ユーロ圏も中国も韓国もロシアも入っていません。参加予定国のGDP割合は以下のとおりです。
        
    アメリカ         67%
    日本           24%
    オーストラリア     4.7%   
    その他(7か国)     4.2%    詳しくはコチラをどうぞ。

これでは実質、日米の2国間貿易です。でも日本は対米輸出を伸ばせません。なぜなら円高ドル安で儲からないからです。TPPによって米国は関税を撤廃すると言っていますが、そんな恩恵はドル安による為替損でたちどころに消えてしまいます。米国はTPPで輸出を4年で2倍に拡大すると言っているのです。雇用は日本ではなく米国内で生まれるのです。その間、日本の農業は壊滅的打撃をうけると思います。菅総理はこれに乗り遅れると韓国経済が発展している今、また日本だけが遅れてしまうような錯覚を国民に与えています。実はこれに乗ると菅政権は倒れるので関係ないかもしれませんが、次代の日本政権はこの条約に苦しめられる事となると思います。

オバマ大統領は日本でも人気の政治家です。
しかしオバマ大統領はアメリカの大統領なのです。アメリカの国益を守る立場の人なのです。

売る物が無い日本に対して、ドル安のアメリカ産牛肉が大量にやってきます。野菜だってやってきます。アメリカでは雇用が改善されて行きます。しかし日本はデフレさえも一緒に輸入するかもしれません。これが続けば日本の農家は潰れると思います。

くしくも知ってかしらずか、日本が江戸時代終盤の開国時にアメリカをはじめとする諸外国から武力による「不平等条約」を結ばされました。それが日本の開国でした。その不平等さえ踏まえて発した「平成の開国」なら意味はとおりますが、暗愚としかいえません。

菅総理、あなたはただ黙ってなにもしないほうが国益を失わないような気がします。何もしなくても解散総選挙が行われると思います。それまでTPPは待ってはどうでしょうか?以前は毎日のように発表されていた内閣支持率も発表されなくなりました。

2月13日現在の内閣支持率は19.9%だそうです。出典はコチラです

とにかく菅総理、あなたは寝ていてもよいから何もしないで下さい。
あなたが何かをすると「嵐」がおきます。あなたは平成の「嵐を呼ぶ男」だと思います。

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日本の裏社会~芸能界

これは改めて書くまでも無い事かもしれない。そもそも日本の芸能界は暴力団との関係が深い。

押尾学のMDMA薬物事件、酒井法子の覚せい剤事件(父も暴力団)などが記憶に新しい。

芸能人ではないが、ついでながら書くと柔道の「やわらちゃん」谷亮子氏の父も暴力団だ。名前は田村勝美氏。北九州にあるヤクザ組織「工藤會」の構成員。タクシーの運転手など職を転々とする。傷害、詐欺など細かい前科前歴多数。保険金詐欺で保釈中に今度は暴力団賭博に関わり再逮捕、塀の中へ。

日本の元陸上競技選手(女子マラソン)の高橋 尚子氏はシドニーオリンピックで金メダルを取り、女子スポーツ界で初の国民栄誉賞を受賞した。

しかし谷亮子氏は1992年のバルセロナオリンピック、次のアトランタオリンピックで銀メダル、そしてこのシドニーオリンピックでは金メダル、次のアテネオリンピックでも金メダル、北京オリンピックでは銅メダルを取っている。世界選手権では7度の優勝をしている。戦績としては高橋尚子氏より優れている。しかし、これだけの戦績をもってしても国民栄誉賞はもらえなかった。

その理由はひとえにこの親子関係の為に国民栄誉賞からはずされたというのが本当のところだ。

そして現在話題の小沢一郎氏は山口組の弘道会(司忍会長)、稲川会と関係が深い。工藤會は「反山口組」を掲げるが、小沢氏を通じてまわりまわって山口組と繋がっている。

そしてこの親子関係から谷亮子氏は小沢一郎氏と通じ、民主党からの参議院選挙出馬となった。2007年の参院選で「山口組」が、傘下の直系組織に 民主党を支援するよう通達を出していたことが関係者らの証言で わかっている。警察の取り締まり強化で資金源が断たれつつあるなか、 政治的山口組が参議院選挙の比例で出馬した谷亮子氏当選の為に、民主党を支援するよう通達を出していたことがヒッソリ報道されている。これは民主党の支持母体に闇社会がいる事を意味する。

話がスポーツ界にそれてしまったのでここで芸能界に話を戻す。

最近の裏社会と芸能界との関係は「島田紳助」氏の話題がもっとも新しい。2011年8月23日、島田紳助氏が暴力団関係との付き合いが発覚し引退をした。会見の映像は次のものをどうぞ。

8月23日19時頃、所属する吉本興業から「島田紳助に関する緊急記者会見開催」がマスコミ各社に通知され、同日22時00分より吉本興業東京本部で島田氏本人及び吉本興業社長などによる記者会見の席にて「本日(=8月23日)付にて島田紳助が芸能界を引退する」という発表が行われた。引退事由は、島田氏自身が「暴力団関係者との交際が発覚し、けじめを付けるため」とした。「僕の中では『この程度』なんです。頻繁に密着しているわけではない。『この程度』でも引退になるんだと、後輩に同じ過ちを繰り返させたくない」「ウソを言っていたら、皆の前で腹を切りますよ。」と語った。記者会見は50分ほど続いた。

この話に出てくるAさんは恐喝未遂で上告中の元ボクサー渡辺二郎被告であり、Bさんといっている人は、山口組ナンバー4の筆頭若頭補佐で極心連合会の橋本博文会長のことです。付き合いの発端は十数年前に関西テレビの自分の番組で右翼の街宣車をおちょくり、それに怒った稲川会系の右翼団体が連日同局に街宣車で乗り付ける騒ぎとなって、その解決を渡辺被告経由で橋本会長に依頼したということだそうです。この右翼団体とは大行社(稲川会系)といい、辛炳圭=シン・ビョンギュという在日韓国人が代表です。右翼団体、ヤクザには30%超の在日が入っています。くわしくはコチラへ。
そして橋本弘文氏も在日です。韓国名=姜弘文(カン・ホンムン)

島田氏の問題を解決したのが山口組の橋本博文会長ですから、ヤクザ同士の出来レースのようなものです。さらに昨日発売のフライデーで次の報道がありました。

芸能界を引退した元タレント、島田紳助さん(55)と暴力団幹部が一緒に写った新たな写真が存在することが5日、分かった。

6日発売の写真週刊誌「FRIDAY」が、暴力団幹部と肩を寄せ合う紳助さんの写真を掲載している。同誌によると、宴席で笑みを浮かべる紳助氏と写っているのは指定暴力団、山口組弘道会の高山清司会長(64)で、山口組No.2とされる大幹部(現在服役中)。同誌は、紳助さんが8月23日の引退会見で「Bさん」と呼んでいた山口組No.4で極心連合会の橋本弘文会長(64)とのツーショット写真を先月掲載している。次の画像が「FRIDAY」のものです。紳助氏の隣が橋本弘文会長です。2

引退会見で島田氏は暴力団関係者との写真について「あるわけない」と断言。報道陣に「ウソをついていたら、みんなの前で腹を切ります」と語っていた。しかしウソだった。みんなの前で腹も切っていない。

島田氏は真実を話していない。

だんだん会見のぼろが出てきた。しかし、この島田氏の問題は彼だけの問題ではない。

芸能界は裏社会とわからないように奥深く、密かに緊密に繋がっている。

島田氏の事件はその中の一つの破片のようなものなのだ。


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尖閣 船長釈放「菅・仙石氏が政治判断」

9月26日(月)の産経新聞に昨年9月に起きた尖閣諸島沖の中国漁船衝突事件で逮捕された中国人船長を処分保留のまま釈放したのは、当時の菅首相と仙谷由人官房長官の政治判断によるものだったと、当時菅政権で内閣官房参与を務めた松本健一氏が明らかにしたという記事がありました。

当時、釈放は那覇地検の判断によるもので、菅総理は判断をしていないという事に25日までなっていましたが、ついに真実が明らかになりました。

松本健一氏のプロフィールは次のものです。昭和21年生まれ。京都精華大、麗沢大教授などを歴任し、評論、評伝などで活躍。仙石氏の誘いで昨年10月、内閣官房参与に就任、今年9月に退任した。

産経新聞の内容は以下のとおりです。

松本氏は参与就任前だったが、仙谷氏から事件への対応について相談を受け、菅氏と仙谷氏とのやりとりを知る立場にあった。これまでにも当時の複数の閣僚や政府高官が「釈放は菅氏の指示で行われた」と証言していたが、実名で明言したのは初めて。

 松本氏によると、昨年9月8日に船長が公務執行妨害容疑で逮捕された後、検察側が証拠となる漁船衝突時のビデオテープを首相官邸に届けた。それを見た官邸側が「テープ自体が証拠にならないとの致命的なミスがあり、公判にたえられず、有罪にもならないと判断した」という。

 政府内では「断固として裁くべきだ」との主張もあり、船長の拘留期限が9月19日に10日間延長された後も調整が続いた。松本氏は「菅首相が(ニューヨークでの)国連総会の最中に仙谷氏に電話をかけて、釈放するかしないかでやりあっていた」とした上で、「最終的には菅首相が(釈放を)判断した」と説明した。

那覇地検は9月24日、船長を処分保留のまま釈放することを決定。中国人船長は翌25日に帰国した。地検は釈放について24日の記者会見で「わが国国民への影響や今後の日中関係を考慮すると、これ以上身柄を拘束して捜査を続けることは相当ではない」と述べた。

 決定に対し、仙谷氏は記者会見で「地検独自の判断だ。それを了とする」と述べ、政治判断ではないと強調した。菅氏も25日のニューヨーク市内での会見で「検察当局が事件の性質などを総合的に考慮し、国内法に基づいて粛々と判断した結果だ」と語った。

 当時の検察幹部らは釈放について「検察の判断だった」と主張している。

ここで問題なのは「官邸側がテープ自体が証拠にならないとの致命的なミスがあり、公判にたえられず、有罪にもならないと判断した」という点です。その判断は司法が証拠になるとか、ならないとか決めるもので内閣がいや総理が判断すべきことではないのです。それをかってに判断し釈放までしてしまったから政治判断になり、虚偽工作になってしまったのです。そもそも、この話題をメディアは国民に広く報道しているのでしょうか?

日本政府は世界に対し特に、中国や韓国に何故はっきり物が言えないのでしょうか?

日本の政府要人は皆、後ろから中国の暗殺者にでも狙われているのでしょうか?

本当の事を言うと翌朝川にでも浮かぶのでしょうか?

中国の経済に頼っているから?中国人に金を握らされているから?まったくわかりません。

しかし民主党に政権交代させたのは国民であります。

いい加減目覚めましょう!私達が変われば日本は変わります!絶対に!


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菅直人告発本-「瓦解」戸野本優子著

皆さんは菅直人氏が1998年11月7日の朝、東京六本木にある全日空ホテルの29階の菅氏の部屋から出てきた女性-戸野本優子氏がでてきたところを週刊文春の記者に見られ、「愛人騒動」として騒がれた事件をご存知でしょうか。その時菅氏は男女関係を否定、「一夜は共にしたが男女関係はない」といった騒動です。それを当人の戸野本優子氏が告発した文章です。75

この文章の解説として広く次の様な事が言われています。

この本によれば、定宿にしていたホテルで、菅直人氏は戸野本優子氏と一室でシャワーを浴びているのをフライデーされた。フライデーのあと、「君のためならどんなものを捨ててもいい」と言っていた菅直人氏の態度が激変。「一夜を共にしたが男女の関係はない」とテレビのニュース番組-「筑紫哲也のニュース23」で発言した菅直人氏に、ほんとに嫌気がさしたと書いてある。一時は演説原稿までベッドの中で一緒に書いたらしい。菅直人の人格を「うすぎたない」としている。

その後、戸野本氏が手記を暴露本「瓦解(がかい)」として出版。菅氏は出版社を提訴したが、そのときの顧問弁護士は仙谷由人氏であった、という顛末の騒動です。それで私も一度読んで見ようと思い「瓦解」を購入して読んでみました。

その結果、戸野本優子氏が愛人であった時期があったとは一言も書いてありませんでした。しかし、彼女が菅氏をいままでの日本を変える好ましい人物であると感じていた事は、書いてありました。

彼女は一貫して菅氏の悪口を書いていません。文章の最後には、この本の出版を快諾してくれた菅直人氏にも、お礼を申しあげます。とも書いてありました。文春の書いたことはでたらめだったが、不倫関係はあったのかもしれません。しかし、この本に菅氏が、「君のためならどんなものを捨ててもいい」と言ったとか、戸野本優子氏が菅氏を「うすぎたない」と言ったという文章はありませんでした。ここは間違っています。

だからといって私は菅氏を擁護する気はまったくありません。これについては是非言いたいと思いますが、ネットが嘘を広めてしまう事はたいへん危険な事だと思います。

少し内容を詳しく書くと、戸野本優子氏は菅直人氏のメディア・コンサルティングをしていた女性です。そしてメディア・コンサルティングとは「より効果的に有権者にアピールするための手法を政治家にアドバイスする仕事のことだそうです」具体的には、選挙の遊説原稿や、大きな大会のスピーチの考案、政策提案の仕方、優先順位の助言、小規模な世論調査から、さらにはテレビ出演や雑誌取材などでのスタイリングまでを受け持つ政治家のアドバイザーです。

この仕事は日本ではいまだにベンチャーな仕事ですが、アメリカやイギリスの政治の世界では浸透している仕事です。そしてその仕事の依頼主は知らない新人を売り出すような事ではなく、総理になろうとか、行政のトップになろうという人達の言葉をいかに一般の人達に、正確に、魅力的に伝えていくか。それが仕事だそうです。オバマ氏の「チェンジ」も実はオバマ氏の言葉ではありません。

そしてこの「チェンジ」はクリントン氏の最初の演説でメディア・コンサルティングのスピーチライターがスピーチ原稿の中ではっきりと意図を持って何度も使わせた言葉です。オバマ氏が最初ではないのです。ちなみにクリントン氏の有名なメディア・コンサルティングはディック・モリス氏です。

はなしを戻します。彼女は、1996年7月初めにキャスターとしてではなく「月刊宝石」の雑誌記者として(彼女はキャスターの仕事と並行して雑誌記者もやっていた)「自社さ」政権で厚生大臣をしていた菅氏に取材を申し込んだのが初対面だそうです。

当時、彼女はテレビ朝日のキャスターをしていて、キャスターが一政党の為に仕事をする事を禁じていたそうですが、彼女はメディア・コンサルティングの会社を旗揚げしようと準備していたので、会社を辞める事も覚悟の上だったそうです。その時に菅氏は「介護を、一刻も早く社会化したいと思っている」という言葉を言ったそうです。その介護問題を社会化したい、という点に彼女は菅氏は「自分の言葉と自分の信念をもっている人」だと感じたそうです。

そして彼女は1997年2月、民主党の党大会の司会をしました。そしてその仕事の中で党大会のテーマや段取りにいくらか意見を述べたそうです。その縁で菅氏との繋がりが出来ていったのだそうです。そして彼女は1998年1月にメディア・コンサルティング会社NEXT10を旗揚げし(同じ頃テレビ朝日は辞めています)、菅氏との共同作業がはじまりました。

初めの3ヶ月は「特別無料お試し期間」として無料で仕事をし、5月から菅氏に「申しわけ無いですけど、お金を戴けないのであれば、今月いっぱいで菅氏との契約は終了させて戴きたい。そして契約料は1ヶ月42万1152円で」というと、菅氏は即座に続行を選択し、費用がかかってもいいからやりたいということだったそうです。

これが1998年5月の事で始めての支払いは6月だった。そしてこの契約は愛人騒動(同年10月」)がおきるまで続いたが、実際菅氏が支払ったのはこの1回のみであとは支払われなかったそうです。このへんにも菅氏らしさが出ています。

思えば現在の菅総理に彼女がついていたならもっともっとまともな政治家としての評価を受けていたかもしれません。しかし、お金をくれるのであれば、外人でもいいが、出すのは日本人でもいやだという小さい人間に、この震災後の未来を創造的に考える力があるのでしょうか?私は無いと思います。

だいたい菅総理は中国船が日本の巡視船に衝突してきた時に、その映像を隠し中国を擁護する立場をとっていました。日本人を見殺しにしたのです。この時点で終わった人なのです。また、外国人にお金をもらっていた事がわかった時点でこれまた終わった人なのです。そして、この度の不信任案提出の時点でも終わっていた人なのです。しかし現実にはまだいますが。

そして菅総理が辞めれば変わりに自民党に復興が出来るのか?それも無いような気がします。

天は自民党にも、民主党にも刃をつきつけているのかもしれません。

天は日本人に、新しい時代を、真に新しい時代を求めているのではないでしょうか?

そして最終的にその未来の扉をあけるのは政治家ではなく私達なのではないでしょうか!




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菅総理による日本解体-福島原発事故

福島第1原発事故について、事故対策統合本部事務局長の細野豪志首相補佐官は5月16日に1号機で炉心の完全溶融=全炉心溶融(メルトダウン)が起きたと述べました。そしてそれは2号機でも3号機でも「あり得ると考えている」との認識を示しました。

しかし、全炉心溶融(メルトダウン)については3月12日午後の原子力安全・保安員の会見で中村氏がすでに福島第1原発1号機で「全炉心溶融(メルトダウン)が始まっている可能性が極めて高い」と発表しています。その為か原子力安全・保安員の会見は別の人に変わってしまいました。3番目の西山氏が現在は会見しています。この最初の時点でメルトダウンが認識されているのです。

5月16日の会見でも原子力安全・保安員の班目春樹(まだらめ はるき)氏の会見で3月下旬の時点で、1号機だけでなく、2号機と3号機も炉心溶融の状態にあるとの認識を明らかにしていました。映像は次のものをどうぞ。

そして東電の3月11日のホワイトボードに記入された内容は、もうその時点で最終局面である事を伝えています。しかし、その間、菅総理や枝野官房長官、原子力安全・保安員の西山氏はそれほどの危険にはまだ至っていないと会見していました。何故、心配の少ないほうにわざわざ言い換えたのでしょうか?一方、日本を心配したアメリカはこの時点で原子炉冷却に関する技術的な支援を申し入れたのにも拘わらず、政府は断っています。(それについてはコチラへ)何故その支援を黙って受けなかったのでしょうか?そしてこの頃、海外からは盛んに日本は情報を発信しないと言われていました。

しかし、政府の流れはいまだに最終局面には至っていないという方針で、自衛隊機から福島第1原発、第1号機にピンポイントで水をかけるだの、騒乱の時の為の警察放水車で水を撒くだの、自衛隊放水車だの、東京消防庁のハイパーレスキュ-隊を呼び放水作業にあたらせるだの、中国からもらったコンクリート注入車だのをもってきて放水をしだしました。それもわざわざ効果的でなく危険な方法からやり初め、それを担当した人達を敢えて危険な状態にさらす事になりました。そして時間をのばしました。3月11日の時点で最終局面であることを知っているのですから、初めから無駄なのです。その方向ではないのです。絶対にメルトダウンしていた事は知っていたと思います。

そうこうするうち、放射能はしだいしだいに拡散し事態はさらに深刻化していきました。

   『菅総理にはこの事態を出来るだけ早く収束させる気があるのでしょうか?』

菅総理は元々社民連などを渡ってきた社会主義系の市民運動家で、反原発の人です。

だからもし、この機に乗じてこの福島原発事故を長引かせ、世界に向かって原発の悲劇を見せているのだとしたら。原発で事故があればこんな酷い事になるんだよという様子を世界に見せようという悪意が少しでも顔をのぞかせていたら。

もし、そういう意図なら浜岡原発の突然の中止も納得がいきます。菅総理は原発反対の市民運動家なのですから。その地域は特に危険な地域とか理由をつけていますが、別のところでも突発的災害が起これば同じではないですか?ようは今浜岡原発を止めれば首都圏にさらなるダメージを与える事ができるからだと思います。

菅総理はバリバリの市民活動家であった事を忘れてはなりません。彼は日本国旗にさえ嫌悪を抱く人だったのです。もしまだそんな人物なら自分の手で日本を破壊する絶好のチャンスが彼の目の前に現れたのです。果たして
そんな政治家が政権をとったからといって、国民の幸せを一番に考え、国の為に働く政治家に、簡単に生まれ変われたのでしょうか?もし、生まれ変われたのなら、この震災にあたり何を一番にすべきか、おのずとわかるはずです。そしてこの2ヶ月は無駄な努力にはならなかったはずです。

この菅総理の「思惑」の為に日本人はたくさんの人達が犠牲となりました。自衛隊しかり、警察官しかり、消防隊員しかり、そしてやっと地震から逃れ、津波の惨事から生き延びた飯館村や川俣町の人々しかりです。彼らを避難と称して地域から出しているのです。避難の為に出て行く飯館村や川俣町の人々の目には涙が流れていました。どこまで国民を泣かせれば気がすむのでしょうか?

そして一刻も早く収束せねばならない原発事故にも拘らず、はやばやと6月22日に国会を閉じる事を明言してしまいました。第二次補正予算は8月以降だそうです。それでいいのでしょうか?メルトダウンを起こしている原発を抱えて国会が開いていないのであれば、その間の避難民の気持ちはどうなるのでしょうか?また、原発の突発的事故の対応にも遅れる事となるわけです。

そしてはじめから「日本解体がねらいなら」まさに大成功なわけです。

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菅首相の告発状提出-外国人献金問題で神奈川県の住民ら

菅直人首相の資金管理団体「草志会」(東京都武蔵野市)が、在日韓国人系金融機関の元男性理事から献金を受けていた問題で、神奈川県に住む住民らが2日、政治資金規正法違反罪で、菅首相に対する告発状を東京地検に提出したことが分かった。

告発状では「同罪の成立について、首相自身に外国人との認識があったかどうかによる」とした上で、献金問題について説明した参院決算委員会の菅首相の答弁は「明らかにはぐらかした」と指摘した。映像は3月11日の次のものをご覧下さい。

政治資金収支報告書によると、草志会は旧横浜商銀信用組合(横浜市、現中央商銀信用組合)の元非常勤理事の男性から、首相が民主党代表代行だった2006年9月に100万円、2011年3月に2万円、同8月に1万円を受領。副総理兼国家戦略担当相だった同11月の1万円を合わせ、計104万円の献金を受けています。告発状では献金のうち、2006年9月の100万円については公訴時効(3年)を過ぎているため対象から外しています。

商銀信用組合(しょうぎんしんようくみあい、商銀)とは、在日韓国人信用組合協会(韓信協)加盟の信用組合の総称。中央商銀信用組合とは2007年12月25日に、横浜商銀信用組合と北陸商銀信用組合の2信組と合併して発足した。そしてこの銀行は2010年8月26日暴力団に関係する企業に融資をしていたなどとして関東財務局に銀行法に基づく業務改善命令を出されています。

そしてこの男性は、献金者名の欄には「通名」である日本名(河本善鎬氏)を記載し、職業は「会社役員」と記載されています。この男性は07年6月まで旧横浜商銀信組の非常勤理事を長年務めた。商業登記簿などによると、東京都内のパチンコ店などを経営する会社の代表取締役を務めています。河本善鎬氏の現在の役職は次のものです。

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菅総理大臣は、参議院決算委員会でただされたのに対し「指摘されている献金は私が仲人をした知り合いから、数年前、中学・高校の同級生で不動産関係の仕事をしている人として紹介された方だ。その知り合いと3人で釣りにでかけたり、数回、会食をしたこともある。献金は頂いているが、日時や金額は、現在、詳細に調査している」と述べ、指摘された人から献金があったことは認めた。

そのうえで、菅総理大臣は「日本名の方で、私は日本国籍の方だと思っており、外国籍の方とは全く承知していなかった。外国籍の方であることが確認されたら、全額を返金したい」と述べ、献金の実態を調査したうえで、外国籍であることが確認されしだい、全額返納する考えを示しました。その後、震災のどさくさにまぎれ献金を返却していた。との報道がありました。

しかし、菅総理が会社役員である事を知っているならどこの会社か知らないわけがありません。、政治収支記載書に載せなければならないわけですし。さらに、会社が商銀信用組合なら、そこの役員が日本人だと思い込む訳がありません。ましてその役員はパチンコ屋です。

また、その商銀信用組合は暴力団に関係する企業に融資をしていた為、関東財務局に銀行法に基づく業務改善命令を出されています。この男性は07年6月まで旧横浜商銀信組の非常勤理事を長年務めています。ここに注目して下さい。知らなかったとしたら、何故知らない人から気楽に104万円ものお金をもらえるのでしょうか?

完全に知っていてもらっていたのです。民主党は党員サポーターには外国人でもなれますから。韓国か北朝鮮の在日などたくさんいるのでしょう。だからパーティーなど開けば日本人より朝鮮人と親しくなってしまう可能性大です。そして仲良くなれば釣りに行ったり、会食したりなど当たり前の事なのでしょう。

菅首相は国民に平然と嘘をつき、それを通そうとし逃れようとしているのです。


皆さんここで前原元外相と同じような構図になっている事に気がつきませんか?それはヤクザとパチンコが出てくる点です。この2点で朝鮮と考えてまちがいないでしょう。そういった朝鮮との密接な癒着から民主党は「外国人に地方参政権」を与えるなどといっているのでしょう。この追求は前原元外相が辞任した直後に出てきた問題でしたが、震災の関係で置き去りにされていました。その間、菅総理は104万円をこっそり返金していましたが、震災から2ヶ月目でようやく追求の口火が切られたという事だと思います。

外国人からの献金をめぐっては、3月に前原誠司元外相が京都市内の在日韓国人女性からの献金を認め、外相を辞任。その後、滋賀県の政治団体代表らが京都地検に政治資金規正法違反罪で告発状を提出し、受理されています。

菅総理もそれなりの処罰を受け無ければならないと思います。

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